奈良県奈良市大柳生町上脇垣内
岸田史生氏「垣内をめぐる村落祭祀と座―奈良市大柳生町の事例より―」(『鷹陵史学』第24号、1998年)において「チジュウサン」と記された場所。
三角点山の南の谷に神社がありました。谷底に塚のように積み重なった大岩があり、その前と林道からの道がきれいに掃き清められていました。神様がいそうな場所でした。 pic.twitter.com/NCHK2g8rbN
— 弥勒の道プロジェクト (@mirokunomichi) September 30, 2023
「弥勒の道プロジェクト」(@mirokunomichi)さんのXポストで存在を知り、所在地の詳細やお持ちの情報について多大な情報提供をいただいた。ここに記して謝意を表したい。
アクセスについては、ご教示いただいたオープンデータ地図「OpenStreetMap」に位置が公開されておりわかりやすい(下記URL)。この地図どおりに行けば辿りつける。麓から徒歩約15~20分。
https://www.openstreetmap.org/?#map=17/34.707725/135.922154
チリュウ神社・チリウ神社の仮称もあるが、地元の方が実際に何と呼んでいるかはわからない(探訪時、現地の方とお会いすることができなかった)。したがって前掲文献に明記されたチジュウサンを本記事では採用する。
現地に立った所感としては、山の中腹でここにだけ岩塊が群集しており、その特異さから岩石ありきの信仰の地として成立したことは疑いない。
まるでかき集めたかのようにも見えるが、産総研が公開する「20万分の1日本シームレス地質図」を見ると、当地は花崗岩地帯に花崗閃緑岩の岩相が谷状に差し込まれた地質であるらしく、谷間と尾根の境目に現れ出た露岩群であるように思われる。
この岩群のすぐ手前斜面から水が湧き出し、谷間をつたって沢が流れているのも当地がもつ聖地的特徴である。
露岩群手前の湧水(写真中央) |
社のすぐ前までは、谷間に形成された水田がかつて広がっていたようである。現在は山から回り込んで下る形で参拝するが、元来は下の水田から登る形で参っていたのではないか。その点において、麓の里の農耕生活と密着したまつりの場と言える。
藤本浩一氏が『磐座紀行』(向陽書房、1982年)において、稲作農耕民が谷間に水田を開拓していく中で谷間の露岩に出会い磐座祭祀の場としたというくだりも思い出せる典型例である。
さて、前掲の岸田氏文献では「本社は愛知県知多半島の知立神社」とあるが、弥勒の道プロジェクトさんによれば戦後になって愛知県知立神社との音の類似から結びつけられたものとのことである。
当地は、チリウデン・チリウテン・イワモト・岩本などの小字が入り混じっており、この内のチリウをチリュウ(知立)に当てたということになる。
このような音の一致により無関係な場所同士を関連付ける試みは近代以降の知識の庶民化により全国各地でおこなわれたものと類推される。
では「チリウデン/チリウテン」とは何かという話になる。
デン/テンが現地に広がる「田」で、「チジュウサン」の「サン」は愛称という常識論止まりであり、チリウ/チジュウに関しては岩石信仰の関係では類似の名称に出会ったことがない。岩石信仰とは無関係の語源に属すのではないかという見立てが精一杯である。
イワモト・岩本の「岩」は当地の岩群に由来する可能性もあるが、当地からは若干離れている字とも言え、『全国遺跡地図(奈良県)』(文化財保護委員会、1968年)によるとその辺りには西山北古墳群と名付けられた群集墳がある(当地の山を西山と呼ぶか)。もしかしたら石室石材の後世開発・盗掘による露出と絡めた地名だったかもしれない。
当地は、ちょうど南北にそれぞれ西山北古墳群(16基)・西山南古墳群(19基)が分布しており、独立した尾根上に片墓古墳と呼ばれる直径16mの比較的大型の円墳も築かれている。
片墓古墳 |
このような古墳群の中に存在する自然岩塊がチジュウサンである。人足が立ち入った歴史の中でチジュウサンがまったく自然のままの岩石分布でありつづけたのか、何らかの生活所産の結果としてここに岩石群が集まっているのか判断の難しいところがあるが、これが全国各地で見られる岩石信仰と古墳の同居問題である。事実として、自然岩塊が古墳の墓域に残り続けて存在する事例は多い。
なお、チジュウサンに行き着く手前には、上脇垣内の境を示す勧請縄が渡されている。
西山山中の勧請縄 |
アクセスルートとしては勧請縄の外=集落外の地ということになるが、先述のとおり元来は谷間からのアクセスが想定されるので結論としてはチジュウサンは集落の境に存する聖地という位置づけが適切だろう。
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