岐阜県下呂市金山町岩瀬
概要と評価
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| 岩屋内に日光が差し込む時期と差し込まない時期があり、光が当たる底面の岩石の光の当たり方と形状から二至二分の時期を知ることができるという。 |
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| 2条の線刻とその上部に3つの横並びの窪みがあり、夏至になると窪みや線刻に日光が当たるという。 |
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| 春分・秋分に、写真のE岩とF岩の隙間へ太陽が沈む様子が観察できるという。 |
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| 上写真の岩石群の隙間に、冬至を中間とした120日間日光が差し込むという。 |
市井では,縄文時代に巨石を使って天体運行の観測などを行っていたという天体観測装置説が根付きつつあるので付言しておきたい。代表的な事例として岐阜県岩屋岩蔭遺跡(金山巨石群)が挙げられ,巨石の輪郭,隙間,重なり合い,岩肌の窪みなどを利用することで二至二分の時期や一年・閏年の周期,北極星や北斗七星の動きを知ることができるという(小林,2011)。
岩屋岩蔭遺跡は縄文時代早期と弥生時代の土器・石器,江戸時代の古銭が出土した県指定史跡だが,天体運行を観測できたという独自研究は史跡の評価とは別である。巨石を利用してさまざまな天体観測ができることは,実際に実験がなされているので間違いないがそこは問題ではない。本当の問題は,これが過去の人々によって意図的に編み出されたものなのか,それとも自然の景観が作り出した偶然の産物なのかというところにある。
すでに金山巨石群に対しては,地質学の立場から地滑りで巨石が動いて群集した自然現象という評価がある(宮下,ウェブサイト)。巨石群における観測の実態についても,夏至や春分を観測するのが1か所ではなく複数の地点に分散し,その観測の方法も日光の差し込みだったり岩石のどの位置に太陽が来ているかだったり,巨石の積み重ねを装置にしたと思えば巨石に「線刻・刻印」 を穿つ方法になったりと,統一感のある設計規格は見られず雑然としている。
考古学において天体観測の研究自体は現在まったく否定的ではなく,弥生・古墳時代では北條芳隆が考古天文学の立場で複数の遺跡の天体運行現象を論じている(北條,2017)。縄文時代でも,青森県三内丸山遺跡などで天体観測を意識したと推定される遺構が存在しており,人工的な遺構であれば当該期の天体への意識や観測を否定する立場ではない。
逆言するならば,岩石においては人工的な設置・加工の痕跡を証明できて初めて肯定的評価がなされるべきであり,自然のままの位置のみで天体や暦の観測ができるというのは証明にならない。それは,人が事物に対して無限大に意味付けすることを示すロールシャッハテストを持ち出すまでもないだろう。この点において,研究者自らの意味付けが恣意的でないかということに自己批判が必要なのであるが,いわゆる自然石を縄文時代の天体観測装置として取り上げる諸文献からはその自己批判を行った部分が読み取れない。このような現状に対して,地質学分野が岩石の自然・人為を科学的に判断していく意義は大であり,考古学や地質学がこれらの「縄文」歴史観の批判的検討を協業することで一般社会における歴史認識の醸成にも寄与できるものと提言したい。・小林由来(2011):暦学。渡辺豊和[編著]『イワクラハンドブック』,312-321,イワクラ(磐座)学会,大阪。・宮下 敦(ウェブサイト):岩屋岩蔭遺跡。http://earthprobe.blue.coocan.jp/megalith/iwaya.html[2022年8月14日閲覧]・北條芳隆(2017):『古墳の方位と太陽』。280ページ,同成社,東京。[引用元]吉川宗明「岩石信仰研究の視点」『変動帯の文化地質学』(京都大学学術出版会 2024年)
岩石にできた穴に日光が入る統計的確率への疑義
愛媛県松山市の海岸沿いにある「白石の鼻」を縄文時代の人為的な天体観測装置とする説がある。最近、統計学的視点からこれを「0.55%の奇跡」と呼ぶ記事が公開された。
Kimono club氏によるnote記事「0.55%の奇跡|愛媛・白石の鼻巨石群は古代の天文台か?」がそれで、岩石にできた貫通孔(太陽の光を通す穴)が特定の天文現象の方向を向く確率は1/180(0.55%)である、と統計学の大学教員としての立場から述べている。
この記事は、白石の鼻で継続的に天体観測活動を継続されている松山・白石の鼻巨石群振興会のホームページにも「オススメ記事」として紹介されており、天文考古学と遺跡を語るうえでも最新の言説と言える。
ここで述べられた統計的確率について私には疑義がある。天文考古学的な議論において批判的な見解が言語化されることは少ないと見受けるので、ここでまとめておきたい。
前提条件として、1個の岩石の1か所の貫通孔で計算するから1/180というだけであって、本来の母集団は全国に存在するすべての岩石の貫通孔・隙間を加算しなければいけないのではないか。
1つの岩石において1つの貫通孔しかなくて1/180の確率でも、全国に広げれば岩石の貫通孔をもつ場所は増加していき、全国のどこかでその現象が偶然ヒットする確率は当然上がる。単純に貫通孔の事例が全国規模で180か所を超えて確認されれば、そのうちの1か所は任意の方角を指し示していてもおかしくない。
偶然か人為かを判断するのであるから、日本の地質活動において偶然に出現しうるのかという視点で分析しないとならない。ならば、特定の1か所で確率を示すことなく、日本列島という地質全体を母数に置いて論じられなければならないだろう。
次に、特定の方位を向くのを1/180と設定しているが、分子の置き方に疑義がある。
天文考古学では、夏至・冬至・春分・秋分の二至二分のほかにそれぞれの日の出・日の入が注目されることが多い。この場合の直線で言うと「東西線」「真北から60度のライン」「真北から120度のライン」の少なくとも3本に意味が持たせられている。
どれかに一致すれば天文考古学的に評価されるのが実情なので、分子は3/180 = 1/60に上がると言って良い(二至二分以外にも意味を持たせるならさらに分子は増えて偶然一致確率は上がる)。
分母も正確なところでは180とは言えない。
これはKimono club氏も言及しており、実際は方位角(平面)だけでなく立体角(垂直側)の光の差し込みも考慮に入れなければならない。立体角をかけ合わせればさらに分母はふくらむことになる。
同氏はその計算結果を示していないが、私も専門ではないのでここはGemini(AI)に聞いて参考とするにとどめたい。Gemini回答によれば、球面幾何学の積分公式で立体角の計算を行った上で現実の大気差と太陽の視直径による補正を加えると、1/10615となるらしい。
ここに、二至二分で意味を持たせられる3本の直線の存在を分子に置くと、3/10615 ≒ 約1/3538となる。おそらくこれくらいが、本当のところの「貫通孔がたまたま二至二分で意味のある方向を向く確率」だろう。
1/3538とは、全国に散らばる自然でできた岩石の貫通孔のうち、平均して3538個に1個は二至二分の意味のある方向を向いていておかしくないという確率である。
仮に、そのような貫通孔の事例が日本で100個ほど見つかる場合、日本列島における貫通孔の総数が353800個以上あるとわかれば「当然の現象(=偶然)」であり、その数より少なければ「偶然とは言えない現象(=人為?)」と言える。
(1/3538の確率、貫通孔事例100個、353800個の数値はすべて仮定の話である。独り歩きしないように釘を刺しておく)
つまり、母集団となる日本列島の貫通孔総数がある程度の範囲で数値化できない限り、目の前で見つかった貫通孔が偶然を超えた存在なのかどうかを評価することはできないのである。
もし、その貫通孔の人為的設置や加工の明確な根拠を提示できないまま統計的な見地から奇跡だと主張したいのであれば、単に意味ある貫通孔の実数を報告するのではなく、日本全国にあるすべての貫通孔の総数(母集団)も報告しなければならない。
貫通孔の母集団はいかほどの数に上るのだろうか。高山険所の多い日本で1つ1つ実地を巡って悉皆調査することは不可能だが、想像もつかないほどの途方もない量に上ることは容易に想像できる。
たとえば、こういう谷間沿いに集積した岩海と呼ばれるような地形1つとっても、いくつもの貫通孔が潜んでいる。
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| 岩石が重なるだけで、光の差し込む貫通孔は容易に生まれる(奈良県奈良市岩戸谷) |
| 岩海に形成された岩屋では、このように複数の間から光が差し込む(岐阜県瑞浪市関の岩屋) |
| 上写真の岩石1個だけで、地表と岩石の隙間に3つの貫通孔が生まれている(静岡県浜松市舘山寺) |
これらの岩石地形それぞれに貫通孔の存在が想定される。日本列島の代表的地質である花崗岩地帯では、数mおきに格子状の節理(割れ目)が発生し、そのたびに貫通孔の生まれる余地がある。先ほど例示したように、1か所の岩石でも複数の貫通孔が形成されている。
現に、ここでもあそこでも光が差し込む岩が見つかったという報告を目にするが、たくさん見つかるのは母集団が巨大であるために起きる偶然説の補強にすら思える。
いずれにしても、意味のある方向を向く貫通孔の事例を見つけていくという分子のほうだけ追いかけていても、母数の検討がつけられない限り統計的に論じることはできないだろう。
他に検討しないといけない観点もある。変動帯に属する日本列島において地質活動による岩石の位置変化がなかったという前提に立ち、現在の配置で天文現象の調査をしていることの危うさである。
現在、意味のある方向の光がピンポイントな立体角で入っている場所があって、それが縄文時代の産物だったとしよう。それは活発な地質活動を続けてきた日本列島で数千年もの間、安定的にいられ続けて、縄文時代の時と寸分たがわずその岩石の配置状態のまま来たのかという疑義がある。
岩がわずか1度傾いただけで、その天文観測装置が正確であればあるほど機能不全となる。現在の配置で人為説を立証する場合は、その場所では地質変動がなかったこと、あるいは激しい地質活動の中でも1度の狂いもなく現代まで維持できるのだという岩石構造の安定性を論じる必要もあるだろう。
また、なぜ人為説立証の本家本流のアプローチである「岩石の人為性」の方向で追究しようとしないのかが不思議である。
前掲のKimono club氏の記事では、白石の鼻がかつて陸上にあったという地質情報を紹介しているが、この巨石群が花崗岩の「玉ねぎ状風化」による自然成因によるものであるという地質情報も公平に紹介すべきである。
同じ地質情報に依拠するなら、都合の良い情報だけを抜き出し、都合の悪い情報に触れないのは科学的な姿勢ではない。そして同じく地質学的な学知に基づいて、白石の鼻は地質学的には説明できないことを論ずればよい。
そして陸上における遺構として評価するのであれば、現地の海底において縄文時代の考古学的物証をつかむか、巨石を加工・運搬した際に岩石側あるいは地層面側にできるであろう痕跡をつかむかを、これは「ある/ない」の「ある」側に立つ人為説側が立証するしかない。
以上、最新のホットな話題である白石の鼻の問題を例に取り上げたが、「0.55%の奇跡」というセンセーショナルな見出しに乗りかかることなく、科学の俎上に乗せるならまず自らに執拗と言えるほどの批判的精神を宿し、否定に否定を重ねても否定しきれないものがあるのかを冷静に見つめることが望まれる。





