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2024年12月9日

雨晴岩/義経岩/義経雨晴岩(富山県高岡市)


富山県高岡市太田 雨晴海岸

『義経記』による道順からははずれているが古くから義経の奥州下りの途中に雨宿りしたという雨晴岩の伝説が語りつがれている。 

岡崎卯一 [ほか]著『富山の史跡 : はるかなる大地の伝言』,巧玄出版,1978.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9537599 (参照 2024-12-09)


雨晴岩/義経岩。義経社をまつる。

雨晴海岸

義経が願かけ石、或は弁慶のまな板石とて同所にあり。(略)(越中史徴)

高岡市史編纂委員会 編『高岡市史』上巻,青林書院,1959. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3009126 (参照 2024-12-09)

雨晴岩内部

これら奇岩の折り重なりや群集のいずれかを願かけ石、まな板石と呼んだものか。

雨晴海岸に浮かぶ女岩。南東800m地点に男岩も存在し、いずれも明治時代制作とされる『越中史徴』に記載が残る。


2019年3月27日

三尊仏/夫婦岩(富山県黒部市)



黒部峡谷鉄道の釣鐘駅を降りて、徒歩1分の場所にある。

三尊仏

岩陰を庇として、三尊仏を安置する。

三尊仏

由来については、現地に立っていた看板が名文につき全文掲載したい。

三尊仏の由来

昭和十一年七月十五日、当町出身(宇奈月浦山)の新保フサ女に神告があり、「黒部ダム、黒四発電所建設の工事が始まるから、人間の災難、渓谷や、宇奈月町の災害を少なくするために、大日如来、釈迦如来、弥陀如来の三像を作り、この釣鐘の地に安置せよ」の神告で急いで三体をここに置いた。(黒部ダム建設の三十年前)
新保フサ女は四十日間高熱で生死をさまよう苦しみの後、霊感者、予言者となり、昭和元年に戦争の予告、敗戦や広島への原爆を予言し、刑務所へ収監された。彼女が予言した生地の大火、大阪の万博、愛本橋の流失はいずれも適中、実現している。
フサ女は善光寺へ参詣すること二百五十回に及ぶ。生存中の母の狂女扱いされた娘たちの母への孝養のため、この三尊のいわれを記したものである。

昭和六十年八月一日

宇奈月町浦山 森内すい
黒部町植木 新村はる

三尊仏

事実はどうあれ、まさに昭和に生まれ、昭和を駆け抜けた民俗である。
三尊仏とこの看板がなかったら、この一人の女性が抱いた情念は他人に広まらなかっただろう。

三尊仏

三尊仏の裏にも岩盤が続いている。
三尊仏がまつられたこの岩一帯を夫婦岩と呼ぶのだと思うが、どのような由来によるものかはわからなかった。