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2026年6月28日

Google広告の自動最適化をオフにしました

6月27日からGoogleが Ad intents という自動広告を当サイトへ掲載してきました。

検索バーのような形の広告が、サイト画面上に表示されるタイプです。

試しにリンク先を踏んでみたら、ブラウザがウイルスに侵入されました系の詐欺サイトへ誘導を食らいました。


そこで即、この Ad intents が掲載されないように対応完了したことをお知らせします。

なお、簡単に掲載オフできず多少勉強しました。試行錯誤したため、同じく悩まされているサイト管理人の方々に向けて以下対応方法を記しておきます。


対応したこと

  1. GoogleAdsense管理画面の「最適化」タブ→「テスト」タブ内に Ad intents が6月27日から自動作成・自動配信していることを確認(Googleがどんな広告が良いかというテストを自動的にしている)
  2. Ad intents のステータスを「オリジナル」に選択することでテストを停止。
  3. 今後、Googleが勝手にサイト内に自動広告を新規に作らないように、「広告」タブ→「サイトごと」→右端「編集」ボタン→「自動最適化」タブ→自動最適化を「オフ」


Googleに限りませんが、こんな詐欺サイト広告を承認して、自動で広告配信する時代はつくづく狂っていますね。
(しかも、掲載オフがやりにくいように設計されている)

私の目が黒いうちは、このようなユーザーエクスペリエンスを侵害するような広告設定は手動でオフにし続けていきます。

広告業者も毎日増殖していて、いたちごっこに際限はありません。完璧に防ぐことはできないかもしれませんが、当ブログ記事が読みやすいように良心的なサイト運用を心がけています。


本サイトの広告ポリシーについて

本サイトでは、ページごとにウインドウが出てくるようなオーバーレイ広告・全画面広告を閲覧の邪魔と考え、管理者権限で非表示設定としています。その分、ページの脇に表示されている広告(Google AdSense)をクリックいただきますと当サイト管理人に些少の謝礼が入りますので、当サイト運営継続のために応援をいただけますと幸甚です。


2026年6月7日

次の調査地

奈良県桜井市与喜山(2002年~2017年)、愛知県北設楽郡設楽町(2019年~2023年)に続く、次の調査地です。

前作でアウトプットできるものを大体吐き出したので、しばらく特定の地域に没入します。


特に、ある程度長期的な時間軸の中でそのフィールドに根差さないと、わからないことが多いという実感があります。

近年、アームチェア的なデータ分析が続きました。その反動で、今度は特定地域の特定事情を捨象せず拾い上げられないかと思うわけです。

昔どこかで書いたことがありますが、研究というより、「現在の記録」という視点にシフトしたいという気持ちが強くなってきました。

過去の前に、そもそも現在の理解でさえ雲をつかむようなところがあり、現在の岩石と人間の精神的関係にもうすこし目を向けてからでないと、過去の歴史を研究するのは「暴力的なものがある」と感じる段階に来てしまいました。


どうしても趣味の範囲でやるしかないので、専門研究者のように数か月間その集落で暮らせず(つまり参与観察に至れない)、休日に通える範囲でないといけません。今のところ候補地は

尾張本宮山地域(愛知)

都祁地域(奈良)

近江富士地域(滋賀)

いずれも隣県です。本当は三重県北部地域で見つけられればいいのですが、まだ出会えず(いつか巡り合う余地を否定せず)


尾張本宮山は断続的に調べているのですが、掘り下げるほどに興味深い地域です。『尾張名所図会』と現在の本宮山を見比べるだけでも複数の論点を見出すことができます。名所図会と現在の登山ルートが違い、今は山腹に広大な採石場があるので山の様子が辿りにくく、信仰と生業の関係性で現在も含めた歴史を語れるエリアです。

都祁地域は、数年前に映画取材の関係で掘り下げる時期がありましたが、都祁のみならず周辺の長谷・室生・奥三輪も含めると壮大なテーマです。かつて近接する与喜山地域をフィールドにしていた杵柄はありますが、大和高原は歴史的に「古代ロマン」に彩られたフィールドでもあるので、数多の通説に振り回されないという点では難敵かもしれません。

近江富士(三上山)地域は、先日の赤色立体地図の記事で妙光寺山の「前方後円地形」を取り上げましたが、奇しくも先日の報道も重なりました。滋賀県守山市伊勢遺跡を越える(?)弥生時代最大級の「神殿跡」と銘打たれた中畑・古里遺跡が、ちょうど妙光寺山の西麓なのです。当HPの「情報募集中」のページでも近江富士情報をいくつか募集していますが、これらがどのように絡み合うのか考えると調査の宝庫です。ただ、最新遺跡を含むのでこちらはしばらく推移を見ますし、考古学の専門の方に任せた方がいいのかもと思っています。


以上三地域の歴史に関して、何らかの情報をお持ちの方や、現地に詳しい方がいらっしゃいましたら、些細なことでもお聞かせください。皆様の情報も踏まえて調査地を決めます。

なお、現在学をやりたいという私の今時点の問題意識から言えば、最初に挙げた尾張本宮山が第一候補です。

それでも三地域を紹介した理由は、私の体は1つなので、ほかの方で調査していただける方がいればそれでもかまわないという思いからです。

私は、自分の研究や調査を独り占めしたいという欲望が薄く、調べたことや分かったことは公共に広く知られてほしいと思っています。だから、私の代わりにだれか解き明かしてください(でも誰もやってくれないなら自分がやる)の心持ちです。


昨年あたりから報道のとおり熊が出やすくなり、念のため山に行くのを控え続けています。

長野県の「郷土石特集号」の事例地を巡るという旅程も計画段階までは終わっているのですが、結局、行けないままとなっています(こちらは単純な探訪旅行です)。

このように、探訪もままならず牛歩的に時機を待つ日々ですが、当面は水面下で調査を続けます。いつかはこれらが結びついて巡り合う機縁もあるかと信じて書かせていただきました。ご情報などお待ちしています。


2026年5月24日

赤色立体地図で岩石を識別できるか?

昨今、赤色立体地図を利用して古墳や城郭を発見する取り組みが活発です。

従来の等高線とは違い、航空レーザ測量による1m単位あるいはそれ未満での微細な地形の流れを確認できます。

古墳や城郭は大幅な地形改変を伴うため、自然地形に対して不自然な溝・段・平坦面などが残ります。面白いのは、人間の視野では現地で気づきにくい俯瞰的な地形改変が赤色立体地図だと浮かび上がるという点です。

それでは岩石の場合はどうなるでしょうか。

1m単位の地形の流れであれば、それより高さのある岩石の起伏が立体化されうるのではないかという狙いです。

これにより岩石信仰調査や自然石文化調査に援用できるのではないかという見通しを立てて、今回、いくつかの事例を皆さんと見ていきたいと思います。


赤色立体地図のデータについて

ウェブサイト「全国Q地図」では法令上公開・活用が可能なさまざまな地図情報がまとめられており、赤色立体地図も全国版・地域版・都道府県別で使用可能なものが網羅されています。

下のページが特にわかりやすいです。

全国の赤色立体地図、CS立体図が閲覧できます! | 全国Q地図


今回は、この内の「基盤地図情報(標高)1mメッシュ(DEM1A)【Q地図】」の赤色立体地図を使ってみます。

私が過去に訪れた岩石祭祀事例の中で、地形的特徴をもつと思われるものをピックアップして確認してみました。

確認してみてわかったこととして、すべての場所に赤色立体地図があるわけではないのが注意点です。

たとえば、賀茂神社の神籠石(群馬県桐生市)、金鑚神社の鏡岩(埼玉県児玉郡神川町)、白山神社の巨大岩塊(福井県勝山市)、金丸八幡神社の列石(徳島県三好郡東みよし町)などはその場所一帯が赤色化されていなかったため確認不能でした(公開されている範囲で)。

悉皆調査することはまだできない前提で、その他の場所をいくつか見てみましょう。

グレー表示の部分が赤色立体可能エリア(DEM1Aの場合)

なお、地図の引用・転載はこちらにあるとおり、全国Q地図・地理院タイルのクレジットが地図上に写っていれば、それをそのまま出典表示に変えることができます。


Case 1. 建鉾山


山腹から山頂にかけて数十m規模の一大巨岩です。
これがどのように表示されるかで赤色立体図の基本スペックが見えてくると思います。


比較できるように、左に従来の等高線地図、右に赤色立体地図を画面分割して掲載しました。

一目見て、等高線地図では緩やかな楕円形に見える山容も、実際には緩急のついた起伏のある山中地形であることがわかります。

そして一大巨岩。山頂から北の谷間に向かって筋状に隆起しているのがそれです。特に白光りと鮮明な赤色表示をなしているので、周辺地形と巨岩とを判別できます。

建鉾山の例では、赤色立体地図で岩石地形を確認できるという結果になりました。


Case 2. 榛名神社

榛名神社の御姿岩(群馬県高崎市)ならどうでしょうか。

高さ50m弱といわれる立岩です。想定としては、明らかな地形起伏として描かれるのではないでしょうか。


作図ツールを使って黄緑色の円で囲んだところが、御姿岩のある場所です。

社地を設ける際に整地した地形は明確に浮き出ていますが、御姿岩は…思ったより…目立っていません。御姿岩は立岩状なので上から見ると「点」表示になると考えられますが、50mという高低差が図化されていない気がします。

建鉾山は山と同体化した岩盤地形だから描かれて、御姿岩は地表から浮いた構造物的な扱いとして図化されないのか、レーザ識別の「癖」を知る必要があります。

榛名神社の例では、赤色立体地図で岩石地形を確認するのは難しいという結果になりました。


Case 3. 星ヶ見岩

岐阜県中津川市の巨石の宝庫として知られる星ヶ見公園はどのように見えるでしょうか。

こちらは探訪記事をまだ公開していないことに気づいたので、下に参考写真を掲載します。こんな山です。



星ヶ見公園の岩がムキムキしている様子がよく図化されています。これらの岩々は地形として認識されている様子で、地形認識だとこの規模の巨岩を赤色立体地図で確認するのは容易です。


Case 4.  渭伊神社境内遺跡

大多数の方が「天白磐座遺跡」と通称しつづける、渭伊神社境内遺跡(静岡県浜松市)です。

(棘のある言い方ですみませんが、学術的にここは譲れません)


ポツポツと岩石らしき隆起は見えますが…さて、これをもって岩石群の発見は容易と言えるでしょうか?

今回は事前にここに岩石群の遺跡があることがわかっていて、事後的に赤色立体地図を見にいっているから「まあ、あるよね」くらいの感想ですみます。しかし、本来の趣旨である未発見の岩石群を地図上で探そうという用途で考えるなら、これではやや厳しいでしょう。実際に現地に行ってみないとそれが岩石かどうかはわからないと思います。

人間の視覚に訴えるA岩、B岩、C岩のトライアングル景観が、赤色立体地図上ではなかったことにされるのもいろんな意味で興味深いです。

岩Aは高さ7m強あり図化されていると思いますが、高さ7mない道幅の整地跡のほうが鮮明に写るというのが赤色立体地図の特徴のようです。


Case 5. 東光寺山出世不動明王

近江富士に北接する東光寺山の出世不動明王(滋賀県野洲市)は、谷間にこんもりと隆起する岩塊でありこれがどのように図化されているか気になります。


右下の小さい丸のほうが、出世不動明王の岩塊です。

これはくっきり存在しています。当初の予想に応える結果であり、このように地形の隆起として認識されれば強いです。

岩石と関係ないですが、それ以上に予想外だったのは左上に囲んだ部分です。

ここは妙光寺山の頂上です。妙光寺山城という中世の山城が確認されていますが、前方後円形に見えなくもない。主軸の長さは100mに達しようかという大規模なもので、前方部と後円部のバランスを考え合わせると古墳時代後期の前方後円墳の特徴にも見えます。

妙光寺山の山麓・山腹には群集墳が存在しますが、山頂の前方後円墳は文化財総覧GISを見る限り報告されていません。山城のほか、山名のとおり山寺の整地地形の可能性もありますが、念のため今の流行に乗っかり、前方後円墳候補としてここで報告しておきます。


Case6 . 梅ヶ畑銅鐸埋納地

梅ヶ畑遺跡(京都市)と言えば、京都市唯一の銅鐸出土地で岩石信仰との関係も取り沙汰される重要遺跡です。


土地開発で完全に地形改変されているのがよくわかります。埋納地にあったという自然石群も今はなく、山頂尾根ですら本来の自然地形はまったく残っていないという事実を知るのにも、赤色立体地図を活用できることがわかる事例です。
ちなみに緑丸のすぐ左にポツポツ浮かんでいるのは御堂ヶ池群集墳です。


Case 7. 日室ヶ嶽

日室ヶ嶽(京都府福知山市)の東斜面は今も禁足地で、内部の様子は不明です。

このように、立ち入ることができない禁足地内の岩石群の存在を赤色立体地図で把握することは、本来の趣旨に適う使い方でしょう。


山頂から東にかけての斜面に、相当数のポツポツとした隆起が存在していることが窺えます。これまで見てきた事例を踏まえれば、これらがすべて岩石である可能性は高いです。

日室ヶ嶽の東斜面がなぜ禁足地であるか、そして、日室ヶ嶽の「磐座」とは山頂ではなく東斜面を指すのではないかなどの示唆を与えてくれます。

緑色の丸は、天岩戸神社の御座石があるはずの場所ですが、川の中の岩石は地形ではなく構造物としてはじかれてしまう模様です。


Case 8. 御社尾とハッチョウサン

御社尾(奈良県奈良市)は、都祁山口神社の裏の谷頭に位置し、二つの尾根が合流する特異な立地で知られます。


御社尾の岩塊(上の緑丸)は、なんとなく周辺より尖っているかなくらいの印象で岩石地形としては鮮明ではありません。小川光三氏が述べるような前方後円形も地形上では認められません。

下の緑丸はハッチョウサン(八王山)と呼ばれる場所で禁足地とみなされています。ここに列石らしきものがあると同・小川氏が書き残していますが地図上ではその列石具合が確認できず残念。こういう時に活躍できるとよかったのですが。


Case 9. ゴトビキ岩

ここで巨石の代表格・ゴトビキ岩(和歌山県新宮市)に登場願いましょう。


天磐盾に比定される神倉山の岩肌は、山塊の周縁にわたって明瞭に図化されていますが、それに比するとゴトビキ岩は緑丸の中で目立ちません。

高さ10mを超すと言われる巨岩ですが、存在していないような結果です。構造物扱いで除外されてしまったパターンでしょうか。このように岩石の「当たり」判定は微妙な位置づけにあるようです。


Case 10. 粟島神社の巨石

粟島神社の巨石(愛媛県大洲市)は、段丘上の高さ約4mの岩塊で人工説も出たことのある「ドルメン巨石遺跡」。


社地として整えられた平坦面に存在する巨石なので、そのギャップがどのように地図に表れるかの結果がこちらです。

緑丸の中にポツッと岩石の盛り上がりが見えます。見えますが、これは渭伊神社境内遺跡と同様に事前に知っているから事後的に識別できるだけで、事前情報なしでどれが岩石だと問われれば至難です。

高さ4mの「巨石」と形容される岩石で赤色立体地図上ではこの存在感ですから、岩石の識別に用いるには難しいという結論にならざるをえません。


Case 11. 猪群山

最後に猪群山の「環状列石」(大分県豊後高田市)を上空から眺めてみましょう。


ポツポツと岩の群れは視認できますが、それよりも視覚的に引っ張るのは山頂を取り囲む人為的な溝。

これは明治時代に山火事に備えて作られた防火施設です。やはりこういう人為的な地形改変に赤色立体地図は強く、また、視覚的にもこの防火壁が「環状列石」を誤認させる要因であることは岩石群の分布と照らし合わせれば瞭然です。


結論

いくつかの例を一緒に見てきました。

結論ですが、現状、岩石を見つけるのには適したツールとは言えません。

赤色立体地図では時に自然地形の岩盤として、時に構造物としての岩石として自動識別していることにより、一貫した調査に用いることができなさそうです。

しかし、その岩石が存在する場所の地面が、整地されているか自然地形のままかを判断する際の参考にはなります。

岩石信仰というのは自然風景と人の歴史の狭間の存在であり、単なる自然石として扱われることもあれば、真偽不明の人工物として持ち上げられることもありました。これまでは主に研究者の主観の問題領域でしたが、地図情報においても狭間・周縁の存在になりやすいのだと感じた次第です。


2026年5月10日

【2026年現存版】磐座・巨石サイトリンク集

「しゃこちゃんのお部屋」が閉鎖されていました。


しゃこちゃんのお部屋とは何か?

青森県つがる市が呼びかけた縄文ファンの部室「しゃこちゃんの部屋(仮)」ではありません。

【青森県つがる市】縄文好き求む!縄文ファンの部室「しゃこちゃんの部屋(仮)」と遊べる縄文プログラムを開発してくれる仲間を募集します!(青森県つがる市) | 地域とつながるプラットフォーム スマウト (SMOUT)

 

これより前の1990年代から存在する老舗巨石サイトです。


私が初めて出会った思い出の巨石サイトとして過去記事でも紹介しました。

磐座で有名な場所はどこですか?~磐座巨石本から決定版を決める~

 

ここ数年は更新されていなかったと記憶していますが、個人サイトはアーカイブとしても残らず無念です。


現在はAI最適化のAIOの時代ともいわれますが、ネットの表示上位を見ても広告スポンサーとドメインの資本力の嵐で、いわゆる磐座・巨石分野の上位ラインナップを見ても質的には正直疑問です。

このような現状はインターネットユーザーの総意ではなかったはずですが、内容が充実していても個人サイトは軒並み敗北です。


こんなサイトもありましたがweb上ではすっかり痕跡も辿れませんね

インターネットはこんなもんじゃなかったよ、ということで、今回は個人サイト特集です。

近著で「2001年からホームページを始めて、インターネット上の情報発信を続けながら各種プラットフォームの栄枯盛衰を目の当たりにしてきた」と書きました、不詳私めが磐座・巨石分野の現存サイトを選定いたしました。

現代のプラットフォーマ―たちから作為的に存在感を消されているだけで、まだ良質なサイトは存在します。

古き良き「リンク集」としてどうぞご活用ください。


神奈備にようこそ

この手の老舗サイトの中でも、2000年頃にはすでに王者の風格でした。掲示板が梁山泊の如き様相。サイト更新は停止状態ですが、現行掲示板は何とか生きています。正確には神社総合サイトですが「磐座いこら」のコーナーに磐座がまとまっています。

http://kamnavi.web.fc2.com/


閼伽出甕

「アカデミカ」です。歴史系総合リンク集でした。インターネット黎明期にお世話になった方も多いのではないでしょうか。リンク切れまくっていますが検索画面が生きていて、「磐座」「巨石」で検索すると1996~2000年頃の懐かしページ名がぽろぽろ見つかります。これこそが老舗サイトです。

https://www2m.biglobe.ne.jp/~Accord/AKA/index.htm


全国巨石磐座探訪記

独自の視座に立ちながら定期的に更新されています。さぞ一家言ある方とお見受けしています。ドメインパワーも強く、現在の磐座・巨石系個人サイトの代表格に数えて差し支えないでしょう。

https://megalithtrek.web.fc2.com/


巨石巡礼

一定の更新ペースを守りながら現役稼働しています。モノクロ岩石写真の魅力。『日本のパワースポット案内巨石巡礼50』著者の岡田謙二氏のサイト。

http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/


磐座・巨石(旧・求道者)

更新は終了されたようですが、アーカイブを残していただいています。「求道者」と言えばかつての巨石サイト代表格の一角であり勝手ながら「戦友」でもありました。

https://hatazoku.d.dooo.jp/sub0.htm


泰山の古代遺跡探訪記

日本語版をhtml→pdfでアーカイブ化していただいています。巨石サイトと呼ぶよりも、もっと大きな括りとしての超古代系サイトの重鎮でした。日本ピラミッドや神代文字もすっかり下火になった感があります。

https://www.gainendesign.com/taizan/


星と太陽の会のブログ

2016年に解散した岡山県の郷土団体ブログですが、新プロジェクト「岡山の磐座位置経路探索記録」が稼働しているのをどれだけの同好の士がご存じでしょうか? 駐車位置のマップコードをマップ化しているとはなんと有難い心遣いなのでしょう。

https://kibiiwakura.blog.jp/


Litle Mad Land

更新は終了されていますが、「巨石の森」は瀬戸内地域の巨石ソースとして豊富な知見を得られます。Googleマイマップ「西日本巨石スポット」も有用。

https://www.gd.il24.net/~shamon/


「巨石信仰」の検索表

古くから検索にかかり存じていました。中根洋治氏の『愛知発巨石信仰』の大部分転載が認められますが、オリジナル部分との区別は比較的明瞭。中根氏著書を未所持の方で愛知県の磐座・巨石を知りたい方は参考大でしょう。

https://www.hm.aitai.ne.jp/~kuensan-2/kyosekikensaku.htm


古志郡 三宅神社 伝承と祭神の研究

越後国延喜式内社・三宅神社を出発点に「磐座=穴」説の立場に立つ。新潟の知られざる岩石信仰を知るならここしかないと思っています。拙サイト掲示板晩期に交流させていただきました。HP&ブログ更新が途絶えてしまいましたが待ち望んでいます。

https://koshi-miyake.hatenablog.com/


from八ヶ岳原人

諏訪の"たしかな"岩石信仰をたくさんこちらのサイトから教えていただきました。諏訪七石に関する記事を捲るだけでも精緻冷静な調査に拠ることをご理解いただけます。

https://yatsu-genjin.jp/


@丸森の巨石伝説!

宮城県旧伊具郡(丸森町・角田市)の巨石サイト。古くから存するサイトで相互リンク先でもありましたが、運営元はなんとお寺(曹洞宗金龍山瑞雲寺)ということを知り驚きました。

https://zuiunzi.net/igu/


いぼとり神様・仏様の全国リスト

「いぼ石」(疣石)情報No.1と私が思うサイト。皮膚科の医院さんのホームページだったようです。効能に関する記述の保証は持てません…。

https://hiramatu-hifuka.com/iboibo/ibozen1.html


日本の力石研究

「力石」研究の第一人者・高島愼助氏のサイト。現在も精力的に運営されています。奇しくもも高島氏と同じ四日市市在住ですが、これまで接点のないままーー。

https://www.za.ztv.ne.jp/takashim/


平津豊のイワクラ研究サイト

イワクラ学会が解散して現在は日本天文考古学会理事の平津豊氏のサイト。イラクラ学会の会報アーカイブ事業にも取り組まれています。イワクラペディアの拡充に期待。個人的には、「岩石遺構」「岩石信仰」の名称採用をいただいたことに感謝します。

https://www.iwakura.website/


イワクラ(磐座)ウオッチング

イワクラ学会理事だった江頭務氏のサイト。1にも2にも「巨石のある祭祀遺跡地名表」の仕事が有効活用されるべきです。学会解散により、早期にサイト内容のアーカイブ化が各人推奨されます。

https://yamauo1945.sakura.ne.jp/iwakura.html


石と在る

イワクラ学会理事だった高木寛治氏が2005~2008年のみ更新されていたブログ。石の哲学とはこのことです。全貌は高木氏が上梓された書籍を参照(当HPの「カタログ」で紹介)。

http://makabekt.cocolog-nifty.com/makabekt/


庭に磐座をつくる

『磐座百選』著者の池田清隆氏の晩年コラム。逝去された後も出版社ページに保存されています。ご自宅に据えられた「磐座」の歴史記録をたどれるのは最早ここだけでは?

http://www.demadosha.co.jp/Column-Ikeda.html


巨石・滝・地形めぐりの記録とメモ

磐座・巨石分野のネット情報として唯一と言って良い、地学に基づいた岩石の構築原因が解説されています。東日本の代表的な磐座・巨石の多くが自然成因で説明可能であることがわかります。西日本版も欲しかったと高望みを記しておきます。

https://chibataki.moo.jp/


磐座MAP

本庄範光氏作成のGoogleマイマップ。地方別に磐座MAPを用意されていますが、数多ある磐座・巨石マップでは最大級の収録数です。ブログはスピリチュアルしていますが、このマップ作成に注いだ情熱に対しては脱帽せざるを得ません。ご存じの方は皆さん陰ながら参照してますよね・・・?

https://ameblo.jp/norimitsuhonjo/entry-12242379280.html


ストーンサークル

㈱石文社 石文化研究所運営の石情報サイト。『月刊石材』発行元ですので石材系の情報が多めですが、広く岩石に関する文化を情報化しようという試みが窺われます。現在、岩石と文化の関係を結ぶ活発的な団体は少ないので貴重。

https://stone-c.net/


神秘と感動の絶景を探し歩いて

磐座・巨石ブログ界の最大手はこちら。運営者の方も知る人ぞ知るこの道の大家ですが、好んで公表されていないようですので控えます。いつまでも斯界の先達としてご教示賜りたく思います。

http://sazanami217.blog.fc2.com/


奇岩巨石磐座ニュース

X界における総合ポータル。変わらぬ最新情報発信&シェアに感謝です。私はXを撤退したので、毎回いいね押すのを遠慮して数か月に1回押すようにしています。


WABI CHANNEL

YouTubeに有益情報はないのかということで推したいチャンネルがこちら。盆栽・水石界の重鎮である森前誠二氏が主宰。ご本人解説の水石文化の動画は有料級情報。再生リスト「水石」からどうぞ。

https://www.youtube.com/@WABICHANNEL-kf5xf


現代水石

水石系サイトからもう一つ。水石ブームの歴史的経緯から、「現代」の水石のありかたを模索するところに特徴があります。さらなる継続的更新を期待しています。

https://suisekij.jpn.org/


思い出したり新たに見つけたりしたら追加します。

2026年1月2日

統計学まなびはじめ(『人文学のための計量分析入門』『基礎から学ぶ統計学』)

今後の研究に統計学的な手法を取り入れたいと思い、勉強をスタートしました。

クレール・ルメルシエ、クレール・ザルク[著] 長野壮一[訳]『人文学のための計量分析入門―歴史を数量化する―』(人文書院 2025年)

内容の忠実な要約とはなっていませんが、自分自身の申し送りとして以下にまとめました。


ーーー

・「しばしば」「一般的に」などの歴史叙述は「疑似定性的な手法」であり、単なる意見の表明で終わってしまう。

・歴史研究に有益な数量的手法を紹介。数学的原理、ソフトウェアの操作方法には触れず、使用する前の目的、注意点、落とし穴などに重点を置いた。

・統計学的に誤差の許容範囲を決めるのは標本数の大きさ。60,000人のうち1,000人でも、25,000人のうち1,000人でも、4億5000万人のうち1,000人でも誤差範囲は同じ。母集団における割合は関係ない。

・1,000人の標本であれば、誤差は通常許容される範囲にとどまる。標本の20%にある特性が認められた場合、母集団においての割合が19~21%の間に入る可能性は高く、15~25%に広げれば「ほぼ確実」である。

・しかし、歴史研究において1,000件の標本を用意することは難しい(他の標本と比較しようとすると2,000件)。歴史研究者は1つ1つの標本(事例)の多様な側面に関心を持つからだ。

・理に適った妥協点は300件の標本。300件中に見られる20%の特性は、母集団においても15~25%の間に収まる。

・事例収集の留意事項
①標本抽出の頻度より標本の大きさ(標本数)を重視する。
②小数点以下の記述は不要。それより有意差を記述。
③標本数は現実的な妥協点が300件で、1000件まで増やす分には誤差を減らすという点で価値があるが、それ以上は微小な誤差の修正となるので(母集団がいくつであっても)ほとんど意義がない。
④これらの標本は、無作為抽出されたものであること。

・無作為抽出は、表計算ソフトでRAND関数を用いればよい。特定の順番ごとに抽出するなどの手動抽出は偏りを生む危険が拭えない。

・百分率を表示する際の留意事項
①母集団の総数をNで示すこと。N>100の場合、小数点以下は不要。N>1000の場合、小数点は一桁で十分。
②百分率は比率であり、単純に足したり引いたりできない。10%から20%に増えた場合、増加率は100%でパーセンテージポイントが10ポイントである。

・分割表(ピボットテーブル)は、2つの変数(人物の年齢、書籍の長さ、訪問先の場所などの情報)に関係があるか、関係がないかを示すに有効。

・カイ二乗検定を行うと、分割表で注目した変数同士が、事例数の小ささゆえに偶然生じたのか、実際に関係性があるのかを、合理性に基づいた確信をもって述べることができる。

・オンライン上でカイ二乗検定を行える時代。百分率ではなく、事例の数を分割表に入力すると検定結果が出力される。p値(2つの変数が独立=無関係である確率)が5%未満であれば、慣例的に相関関係があるとみなされる。

・分割表とカイ二乗検定は、歴史学的な論証に強力な役割を果たすため、歴史研究者が学ぶべき最も重要な道具である。

・歴史研究者にとってデータ入力の時間は退屈ではなく、民俗学者や社会学者にとってのフィールドワークに比するものと言える。

・データ入力の十戒
①最初の一行は変数の見出しのみに使用。
②識別子に一列を使用。
③資料の表記にできるかぎり沿って入力。
④資料の典拠を示す。
⑤欠損データもデータとして残す。
⑥1つの情報に見えても、その情報を可能な限り多くの列に分割。(例)「姓名」→「姓」「名」など
⑦年月日はソフトウェアの日付形式を使わず、「年」「月」「日」の3列で入力。
⑧時間軸で情報が変容する場合、「何が起こったか」「いつ始まったか」「いつ終わったか」の3列以上で入力するエピソード形式が実用的。
⑨表計算ソフトでできる機能を使いこなせるようにしておく。
⑩データは頻繁に保存。

・数件から数十件しかない小さな母集団に対しては、論理学と集合論に立脚した質的比較分析(QCA)でアプローチする。

・少ない標本で大量の変数を取り扱う場合は因子分析でアプローチする。2つ、3つ程度の変数であれば因子分析は不要で、分割表とカイ二乗検定で十分。

・読みとりやすい図表を意識する。問題となりやすいのが円グラフ。人間は面を比較することが得意でなく、棒グラフで良い場合も多い。立体の円グラフなどは、遠近感による歪みで分かりにくくなるので、より悪い。男性の10%は色を識別することがうまくできないという研究もあるので、色付けでの識別も避けるべき。単純なほどよい。

・単純さという点で、スモールマルチプルは今なお有用。単純にグラフを連続して配置するだけなので、視覚的な比較が容易。

・棒グラフは、垂直方向より水平方向に表示が推奨。見出しが読み取りやすいため。1本の棒グラフに十数色の情報を詰め込むより、1つ1つの情報を棒グラフとして可視化して並べる方が理解しやすい。

・テキスト分析ソフトの使用は、主観や見落としを防止する。二つの用語が頻繁に近接すること、代名詞や前置詞の使い方、語彙の豊富さや貧弱さ、テキスト間の距離など、人が自明としてしまい読めていない傾向を浮かび上がらせる。そのためにはコーパスの構築が不可欠で、そのコーパスはソフトウェアの有意性検定にかける。

・数量的手法には過失や改竄の危険性が伴うが、数量的手法をとるということは、選択や手順を明確にしないといけない。仮説を明示し、その限界も考慮されないといけない。これらの前提が明示されるので、他の研究者がアプローチできるという意味で利点である。歴史学における直感や創造性を制限するものではなく、むしろ刺激することにつながると考えている。

ーーー


一読して得た知見をメモしましたが、前提知識が足らず、主に後半部は消化不良となりました。最低限、歴史学に携わるものとしてカイ二乗検定を扱えるようになりたいと思いますが、さらなる基礎学習の必要を痛感しました。

そこで、統計学の手始めの書を求めて次の本へ移りました。


中原治『基礎から学ぶ統計学』(羊土社 2022年)

しかし、p.9で本書の前提知識が示され、高校数学で学ぶ「確率」「場合の数」「数列」の知識が必要である旨が書いてありました。

あくまで基礎でよいとのことですが、私は高校2年生以降数学を学んでいない人間なので、ここで高校数学の学び直しを迫られました。こうやって、過去に逃げたことのツケをいつか払うことになるわけです。

実際に本書を読み始め、p.35の二項分布の節で数式が増えてきて足踏みしてしまいました。いったんここまでです。


ということで、統計学の前に数学A、数学Bまで立ち戻って学び直しています。テキストを手にしてまだ序盤も序盤ですが、はたしてどこまで理解できるやら。ハラハラしながら1ページずつ自学しています。

遠回りなことをしているように見えるかもしれませんが、最終的にたどりつきたいゴールがあります。そのために必要な知識にしばらく向き合っていきます。


2025年9月6日

野崎島王位石自然成因説

テレビ東京9月5日放送番組「所でナンじゃこりゃ!?」の「王位石」のコーナーで取材協力しました。


王位石(おえいし)は、長崎県北松浦郡小値賀町の野崎島にある巨岩で、これが人工的に造られた構造物か自然の地形なのかという依頼でした。

王位石は巨石業界でも有名ですから存在を知っていましたが、私は現地に行ったことがありません。その時点で専門家として噴飯物だと思っていますが、自然説も人工説も適した人が見つからないということでお鉢が回ってきました。

人工説の方もいないんでしょうか。だれか地質畑の方かイワクラ巨石専門家の方、取材を受けてください…。


私は歴史系なので地質系の石は専門外ですと断りを入れたうえで、キュレーターという立場で回答させていただきました。その分、王位石を巡る諸説を調べて正確な情報を提供したつもりです。

実際の取材では約1時間30分話しました。放送では約1分に編集されています。

いろいろ語弊があると嫌なので、ここで補足説明させてください。


取材の打ち合わせ時、想定される質問を事前にいただいていたので、私がその時作成したメモ(回答集)をこちらに掲載いたします。

放送で実際に使われた部分を青字で表示しましたので、それでご理解を賜れば幸いです。


質問1「王位石は岩石信仰なのでしょうか?」

王位石は「生石」「湧出光明神」の異名をもち、石が生まれる、生長する石という信仰を有することから、岩石信仰の中でも「石神」(石そのものを神とする信仰)と呼ばれる種類に属する事例と思われます。

野崎島の沖ノ神島神社(沖津宮)と対岸・小値賀島の地ノ神島神社(辺津宮)を合わせて神島神社と呼ばれてきたので、野崎島のみならず近在の島々・島民にとっての聖地だったと思われます。


また、この在り方は沖ノ島の宗像大社における沖津宮・中津宮・辺津宮の考えと類似するものがあります。

沖ノ島では国家単位での祭祀の場として古墳時代以降の遺跡が見つかっていて、神島神社の神宝にも古墳時代の鉄剣がありましたので、野崎島の王位石も古墳時代以降に国家的な聖地としての位置づけもあったかもしれません(ただし王位石からは祭祀遺物は見つかっていません)。


質問2「王位石は自然にできたのか人工的なのか、どちらでしょうか?」

地質学の分野では、自然成因で説明可能といわれています。

であるとするならば、人工説が明確な証拠を出せない限り、私は自然成因説を支持します。


たとえば人工説には、岩の柱の上に笠石を置く方法としてこういう仮説があります。

岩の柱の後ろの隙間に盛り土をして、その盛り土の上で石を転がして岩の柱の上に乗せ、その後、盛り土を除去したという仮説です。

ならば、盛り土をして、その盛り土を撤去した作業の痕跡を証明する必要があります。それだけの大工事なら、土の乱れが地層として残っているかもしれません。

不用意に発掘調査はできませんが、地層を分析すればそれが自然の積み重なりなのか、人為的な攪乱がみられるのかなどの判断ができるかもしれません。しかし、現状としてそのような証拠はありません。

人工の手があるかないかですから、ある側に立つ人工説側が証拠を提示する必要があります。それがない限りは、自然成因説に立つのが科学的な姿勢だと思います。


また、大事なこととして技術力の証明がほしいです。

王位石をどの時代の構造物で想定するかによりますが、仮に縄文時代や弥生時代とするなら、金属器による工具がほとんどない時代ですから、そんな時代にそのような規模や技術力をもつ遺跡が他にもあるのかということです。こういう遺跡や遺物があるから、こういう規模の技術が可能だったと言える、というような。

できるかぎり考古学的に証明された遺跡で候補を挙げないと、王位石だけが突然変異のような扱いになり、それは非現実的で、その時代・文化の中で生まれたという説得力のある遺跡とは言えなくなるでしょう。

そういう意味では、人工説を唱える方に今挙げた課題を解明していただきたいと思っています。人工説を否定したいのではなく、説得されるのを待っているという立場です。


質問3「王位石の成り立ちを教えてください」

王位石は溶結凝灰岩とみなされています。

これは火山活動により生まれた岩石で、冷え固まった時に体積が小さくなって、その時に節理と言われる隙間が生まれます。

溶結凝灰岩の場合は柱状節理といって、柱のような形に風化・浸食していく節理があるそうです。


王位石の周りは森に覆われているので王位石だけがそこにあるように見えますが、島にはあちこちに岩盤が露出していて、野崎島の海中にも同じような柱状の岩石があるという話もあります(小値賀町郷土誌)。

このように王位石の岩の柱の群れは、元は一つの岩盤で、それが亀裂や風化を起こして、今は柱を複数立てたように見える自然の構造物と言えます。


では、岩の柱の上に横渡しになっている笠石はどうなのかというと、これも地質学的には自然成因で説明がなされています。

岩の柱のうちの1本が途中で折れて横倒しになったという説と、山の上から転がってきた岩石がここで止まったという説です。

笠石が乗る2つの立柱は左右で高さが異なり、それを埋めるように別の岩石が挟まっています。ここに人為性を感じる向きもあると思いますが、そもそも人工的にゼロから石を立てて上に笠石を安定的に乗せたいのであれば、左右の立柱の高さを揃えるものではないでしょうか。人工的という割にはそこに規格的な人為性が徹底されていないのも、自然成因である由縁と考えます。


質問4「石の上に石が乗るという偶然が起こるのでしょうか?」

王位石は山頂じゃなくて山腹にあるんですよね。ここがポイントだと思います。

日本列島の各地で、そのような別の石が乗っかった地形を挙げることができます。

  • 三重県の御在所岳にある地蔵岩
  • 岩手県遠野市の続石
  • 長崎県時津町の鯖くさらかし岩

いずれも山腹にあります。


これらは現状を見ると、下から上に積んだように見えますが、造山活動が起こる前は、もともとは岩石の頂面に地表面があったと考えると良いと思います。

その時代に上の斜面から別の岩石が転がって、下の岩盤にぶつかって止まった。その後、長い時間を経て周囲の脆い地形が削れていって、地中に埋まっていた岩盤が露出すると、結果として積み重なったように見えるということです。


質問5「王位石の前では方位磁石が狂うという話がありますがなぜでしょうか?」

高い木には雷が落ちるといいますが、同じように、高い所にそびえる岩や石にも雷が落ちやすいです。

雷が岩石に落ちると、その場所に本来あった地磁気に影響をおよぼして、岩石自体の磁性も変化するというケースが確認されています。


だから、山の中の岩石に近づくと方位磁石が狂う、不思議なパワースポットだという話を聞きますが、自然というものは常に安定しているものではなく、こういった雷などの日々の現象で環境変化するものとも言えます。

ですので、方位磁針が狂うのもある種当然で自然な現象だと私は受け止めています。

王位石はとりわけ立柱状にそびえる巨大構造物ですので、落雷が落ちやすいと思われます。雷が落ちた直後などに行くと、特に方位磁針は狂うのではないでしょうか。


私個人が注目しているのは、その現象自体が不思議ということではなく、そのような自然現象によって人間が不思議がったり、もしかしたらそのような磁気異常に無意識に影響を受けて、特殊な感情や精神状態が生まれるというヒトのメカニズムです。

そういった、ヒトの心理に影響を及ぼす条件がそろった自然環境というものが、人が聖地として崇めるようになった一因になったのかもしれません。


※番組放送では王位石の磁場が狂うという謎も取り上げられていましたが、私の回答はカットされていたので、磁場の謎は宙に浮いたまま番組終了しました。1分・1秒を大事にする番組編集のタイトさを感じましたが、このように色々話していましたのでフォローに代えさせてください。


出典

王位石についてはすでにいくつかの知見があります。今回の私の回答は下記ソースを紹介したものです。

  • 近藤忠・山口要八「野崎島巨石遺跡の紹介(長崎県北松浦郡小値賀町野崎郷のドルメン)」『考古学雑誌』第37巻第4号 1951年
  • 小値賀町郷土誌編纂委員会 編『小値賀町郷土誌』,小値賀町教育委員会,1978.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9773094 (参照 2025-09-06)
  • 本馬貞夫「神嶋神社と野崎島」(2020年2月4日中日新聞朝刊)
  • フジテレビ2023年8月2日放送番組「林修のニッポンドリル」における出水亨氏のコメント(Xに参考動画あり)


2025年6月14日

公開シンポジウム「これからの宗教民俗学の可能性」メモ(2025.6.14)

2025年6月14日、日本宗教民俗学会の第34回大会シンポジウム「これからの宗教民俗学の可能性」をオンラインで聴講した。

学会発足35周年という節目で、宗教民俗というものをこれからの時代に向けて再び輪郭づけようとした題目だと受け止めた。

結果として、現今の民俗学分野で知名度の高い「ヴァナキュラー」概念が当日の大きな論点になったように思う。

聞きながらのメモのため読者向けにまとまってはいないが、私吉川が問題意識を抱いた部分でフィルターをかけてお届けする。


島村恭則氏「民俗学とヴァナキュラー―来歴と可能性―」

ヴァナキュラーという概念をなぜ使うのか。

どこまでが民俗学の対象なのかを試し続けた40年だった。

すべてが民俗と呼んでもいいのだが、ヴァナキュラーという概念がさらにぴったりくる。

ヴァナキュラーは「俗語」の訳。国語の対比概念。

俗語と国語の関係は、俗的なものと国的なものとの対比関係で語られる。

つまり、社会的に正統・公式とされるものに対立する概念が「俗」。対覇権性(対抗覇権主義)とも。

聖・俗の俗の概念とは異なることに注意。


民俗にはフォークロアという言葉もある。しかしこれらの語のイメージが持つ、田舎のものや牧歌的なもののみに縛られていてはいけない。

ノスタルジーや昔に限定されるのが民俗研究ではなく、現代的なものまで含めて考えていけるのがヴァナキュラーの考えである。

ヴァナキュラーという概念をつくる、こだわるのが最終目的地なのではない。ヴァナキュラーから学ぶことが多いので広く紹介するというスタンス。


最初は来宮信仰をフィールドにしていた。そのような精霊論に最近回帰している。来宮は「来」の字から漂着神とみなす立場があるが、伊豆諸島の木霊様が神社化した地域の影響下に入ることから、「木」の宮としての、木の神様の信仰が本義だろうという結論に最近たどりついた。


■ 吉川感想

覇権・中心に対する俗の人々を学問するという視点だが、俗の人々も集団であるかぎり、その人々の中でまた主流や中心が生まれる。

俗とされる人々の中に埋没して、個人によっては周縁・対抗も生まれる。そこまでまなざしをむけることができるか。それでこそ反覇権の学問たりえるように感じる。

言い換えれば、民俗学は、俗という言葉で覆われて見えなくなっている個人の心まで研究たりえるか。俗を生み出し、俗の成立の下にあるベースとなるものだが、俗と一括されるものからははみ出ているような反支配性の「個」である。

民俗学が集団研究(再現性のない個人ではなく、文化に焦点を当てる)を前提とするものかによる。


橋本章彦氏「怪しきモノの宗教民俗学―「ゴジラ」の日本的性格を論ず―」

ゴジラもヴァナキュラーたりうるか。

ゴジラという作品の中に潜む俗的(一般化される)な部分に、皆さんの心にも共感できるものがあるかという問い。


第1作でのゴジラは出現時に暴風を伴い、神棚が崩壊したという映像制作者の表現が流れる。

出現時の天候不順は、全30作品の3分の1に見られる。

たとえば「赤い月」はヴァナキュラーと言えるかもしれない。

ゴジラは、鵺と同じ性格構造をもつ。


ゴジラ表現を一例としたが、このような俗の営みを、見えない世界、見えない存在(≒それが宗教的なものか)の関係から分析するのが宗教民俗研究方法と位置付ける。

見えないもの見えるものの境界を、表現作品から分析したということである。


■ 吉川感想

「皆さんの心にも共感できるものがあるか」

この問いかけ自体が、主流か反主流かが試されるような趣をまとい、学会発表という場の「俗」を感じざるをえなかった。

2003年以降の作品では、シンゴジラなどでは暴風を伴わないが、これを表現者の俗という立場からはどうとらえるのだろうか。

表現者・視聴者の世代を問わない普遍性があるのか、昭和レトロのような世代間の問題にただ帰属するような錯覚なのか、別の視点でも見極めもほしいところ。

解釈時、俗をみようとして通俗的パターン・定型パターンで解釈してしまうことで、捨象されてしまう個人の心がないかに注意したいと思った。

なお、境界は意味が出現または消滅する直前の混沌さを表すものであるという山口昌男『文化と両義性』の概念は、見えないものを扱う信仰研究において汎用性が高いものと感じた。


村上紀夫氏「宗教のメディア史的考察―恵信と遍路関係史料の周辺―」

文献史学の立場からの発表。

文献史料に民俗を読みとることは、これまでもこれからもおこなわれていく手法であるという例。


文献史料をメディア論という切り口から取り上げた。

四国遍路で知られる恵信(安永5年・1776年生まれ)は、出版物というメディアを多用・駆使した人物。

恵信は衛門三郎の木像に自分の髪を植えた。衛門三郎は欲深い豪農だったが弘法大師と出会って改心した人物。死去時に大師が衛門三郎と書いた石を衛門三郎に渡した。その石は、来世で生まれ変わりたいと衛門三郎が願った河野氏(伊予豪族)の子が生まれた時に握っていた。

恵信は衛門三郎と同一視の行動をとる。生まれ変わり、後継者。

その際、仁和寺や高野山などの監修・公認としての出版物を作り、口頭や耳で聞く以上に、文字というメディアで遍路に権威性をもたせた。

また、「光明」という文字をさまざまな書体で表現した。文字を美的なものとして用いた。これも文字メディアの一方法。

文字が読める経済資本・文化資本をもつ人(遍路ニーズ)をターゲットにした戦略が仏教界にもあった。仏教世界は、常に文字や書物と共にある。


このメディア論は現代の問題にも通ずる。

日本遺産にも四国遍路のストーリーがあるが、19世紀に創られたステレオタイプなイメージの再生産ではないかという問題提起。


■ 吉川感想

正しく文献史学の手法でおこなわれた30分。

文字資料というメディアは、書いた人、書かれたもの、読む人、すべてに一定の資本フィルターがある。

文献からしか見えないものの限界を自覚しつつ、文献が作られたからこそ、ターゲットとされた対象を読みとることができるというケースを示した。


メディアが変わってくると、情報を受け取る側の反応も変わってくるという点でメディア論の重要性を村上氏が説かれていた。

その例として、学会もオンラインになると、対面時代と違い内職ができるようになるなどの受け取り側の変化を挙げていた。

面白い視点だが、ただ、受け止め方は本当に千差万別である。その推測どおりの反応だけでないのは私の例であり、私はむしろオンラインになったほうが周りを気にせず集中でき、パソコンを2台使って1台でスライドを見てもう1台でメモを取り、このように即ブログで公開できる。そして、この行為自体が対面で座りながら話を聞く以上のアウトプットの場になっている。対面空間には社会性が伴うので、そこでつぶされる効能というものを感じている。これは周縁、反権威的な俗の反応の一つと言えないか。


西村明氏「宗教学とヴァナキュラー―宗教概念批判を踏まえて―」

宗教学の立場からの発表。

宗教学でもヴァナキュラーの概念は、大勢ではないが扱われることがある。

「大文字の宗教」と呼ぶものが、従来の宗教イメージ。組織宗教・制度宗教なども類語。欧米由来のreligionの訳語をどう訳してきたかだが、これらの宗教概念はプロテスタント色が強い。内面の信仰を重視していて、教会、組織、教義、教典がないと宗教とみなされにくいという限界があった。


そのような「大文字の宗教」からあぶれたものがある。

「信仰なき宗教」というような呪術から、プロテスタントの文脈では想定されていない民間信仰、俗もそれに含まれるだろう。

かつては民俗宗教かなあと思っていたが、今はヴァナキュラー宗教がはまるのではないかとアプローチしている。


ヴァナキュラー宗教とは「生きられた宗教」。

人が解釈しつづける宗教という意味。

宗教には解釈が伴う。だから「個人の宗教がヴァナキュラーでないことは有り得ない」というが、それだとなんでもありになってしまう問題を現在自問自答していて、よく細かく分析したい。


制度化された、システム化された宗教は、人の日常から「離床」「自立・自存」している。

その反・離床、つまり日常に根差した実践を研究するのがヴァナキュラーか。


宗教者も24時間、宗教者でいつづけるわけではない。宗教者ではない顔を持ち、その日常の中での思い、解釈ももちうる。そこに宗教者の俗がある。

現代社会では、ヴァナキュラー宗教は、人が創造し、消費するということをどちらもしうる。

大文字の宗教だけではとらえられない、個人のクセとして閑却されていたようなものが、ヴァナキュラー概念によって陽の目が当たるのではないか。


■ 吉川感想

西村氏のヴァナキュラー論では、個人のクセとして省かれそうな心にも焦点を当てようというまなざしがみられた。

内面の信仰なしの宗教(呪術)が存在するという話もあったが、信仰の定義にもよって扱いの変わる問題提起と思う。信仰告白のような大仰なものだけではない。

信じるというシンプルな精神は、宗教というイメージに関わらず行われている。それを宗教でないものと見るのか、それらも宗教的なものと無関係ではないとみなすのかの違いに行き着きそうである。

そして、信仰を教典で表せない、文字や言葉で表せない心の内面があると想定するのは、とりわけ一個人の心において当然想定されるべきである(全員が文章を書くわけがない)。


そうすると、最終的には個人の内面の「信じる」という心を無視することはできない。

何を信じ、何を信じないのか、そして、そこに理屈はあるのかないのか、理屈は言語化されているのかされていないのか断片的なのか、「末端」「枝葉」扱いされるようなイレギュラーな個人の目線に寄り添った分析・記述が求められている。

そして、そのイレギュラーな個人の心が周りの人々にどう扱われたかによって、社会宗教化するか個人の私的な「呪術」扱いされるかも変わってくるという点で、何が決定要因だったかを各個人の心と社会関係から研究することも求められるだろう。

俗の人が言葉で表していないものを、学者が言葉(講演、論文)で表そうとする行為の危うさと隣り合わせのヒリヒリとするテーマだった。


星優也氏のコメントから

星氏のコメントは、4名の発表を聞きながら同時にまとめたというパワポに基づいており、このスピードでよくぞという内容をまとめられていた。以下メモ。


  • ヴァナキュラーの理解に時間がかかったが、ヴァナキュラーと歴史学は接続可能ではないかと感じた。
  • 俗は、常民とどう関係するか、国民も越えていけるか、どこまで拡大する民の概念か。
  • 共有される<俗>と、共有されることによる「国民」化をいかにずらしていく議論ができるか。
  • ヴァナキュラー宗教から教祖が生成されることはありうるか。
  • 日常の宗教的実践と宗教の日常的実践


3つ目の「俗の国民化」は、数ある質問の中でも特に警句だと感じ、私吉川の問題意識とも重なった。社会性をもつことの暴力性というか、そこへのまなざしである。


登壇者からの回答


■ 島村氏回答

民俗学は現代と日常を研究する。その際、過去を参照するので、従来の歴史民俗学と当然対立するものではない。

社会集団としての「民」は恋人2人からでもいい。数はテーマ設定により伸縮自在するもの。死者やペットも入れてもいい「かも」しれない。

ヴァナキュラーは拡散している(?)ものなので、そこから宗教・教祖は生まれるのかは?宗教学への質問でもある。


■ 西村氏回答

教祖としてなるつもりがなくても、生き神として教祖化されてしまう。教祖以外の周りの信者の力学がある。

概念やカテゴリーなどに、何が入るのか何が入らないのかとこだわるとそれだけの分析概念の論争に終始してしまう。

研究する側、記述する側が、ここまでは宗教、ここからは宗教ではないと線引きすること自体が、近代以降の思考にはまりすぎている。

(宗教2世問題 すべての子弟、子供達が生来的に宗教の枠組の下にあることも)


会場参加者からの質問


■ 質問1

ヴァナキュラーは流行の概念だが、なぜ外国語を取り入れるのか、俗語のままではいけなかったのかの理由。支配的なものに対する対抗という意味合いを持つというが、それは民俗学も同じではないか。

■ 島村氏回答

民俗学が支配的なものに対抗する学問というのはそのとおりだが、しかし、実際には民俗学辞典の民俗学の定義にそれが明記されていない。なので、その意味を明確に持たせるために自分が再定義した。

世の中では民俗学という言葉が持つイメージは強く、民俗学の変革の方向性が伝わりにくい。ヴァナキュラーと呼ぶことで注目されるという戦略でやっている。また、外国語圏で研究する時は俗ではなくヴァナキュラーのほうが誤解がない。カタカナ語に過剰反応する必要はない。

学術的には、ヴァナキュラーでも民俗でも本来はどちらでもいい。

※島村氏の戦略、意図が伝わる質疑応答だった。


■ 質問2

書物の権威性についてさらに詳しく。

■ 村上氏回答

文字は国語(俗語に対する国語)であり、言葉と違って字を学べば同じ字を読める。その点で統一的なメディアであると言え、俗に対比される統一的・権威的な存在である。

そこから発展した議論として、文字資料を使って民俗を研究することは、かなりアクロバティックな読みかたをしないといけない。

文字資料は俗に対する権威的な書き手による情報であり、書き手の意図にからめとられないように、書き手の裏をかくような読みかたをより一層研究者は自覚しないといけないと考えている。


■ 司会の本林靖久氏からの問題提起

宗教民俗学はこれまでいわゆる固有信仰を研究するというのが中心だったが、これからはどのようなものを研究していく学問としていけばいいのか。

現実問題としては、学会として査読者が対応できないテーマも出てきている。編集委員側としての悩み。

■ 島村氏

いかにもヴァナキュラーな研究テーマも積極的に加えていっていいのでは。それも民俗なのだから。

あくまでも加えるのであって、今までの宗教民俗学をそっくり入れ替えることではない。

査読の問題は、外部に頼ってでも学会として対応するほかない。戦略として、学会として閉じてはいけない。雑誌の投稿先を投稿者側も見ている。研究者は好きなテーマをすればよく、その時に受け入れる先であれればいい。何なら、私はこれを機に入会するので手に余るテーマは査読を回してください(!)

ありのままにみる、というのは現象学(フッサール)。民俗学やヴァナキュラーは、ありのままに見るようであり、それに別の視点や意図が加わるもの。表現文化、物質文化など。

■ 西村氏

自分が解明したいテーマを研究していく中で、裾根を広げていく場面が出てくる。それは宗教や民俗とくくれるものではないかもしれない。そういったものも通過していきたいと自分は思っている。ヴァナキュラーもそういうものの一例。

■ 村上氏

各研究者は各研究者の専門を突き詰めて、読み手は自由な立場で、たとえばヴァナキュラーとして読んでもいい。

■ 橋本氏

ある聞き取り調査の時、「わしらは毎年同じことをやっているだけなんじゃ」と聞き取り相手から返されて、「民俗なんてないんだ」と目からうろこが落ちたことがある。

研究者が民俗と呼んでカテゴライズしているにすぎないのだということ。

このように、言語が世界を作っている。ということで、宗教民俗やヴァナキュラーという言葉から議論を始めるのは意味があることにはならない。文学における、書き手の意図と読み手の読みかたは異なるという問題にも通ずる。

対象が変われば問題や世界が変わるので、どのように自由であってもよいのではないか。

■ 本林氏

これから若い研究者がさらに登場する中で、さまざまなテーマが広がるのは自明ということを学会としても受け止め、それによって宗教民俗学・学会を盛り上げていきたい。


■ 吉川感想

学会や学問で取り上げられる研究テーマについても主流や中心があるというのなら、そうではないような怪訝な目でみられるテーマも研究され、そのような研究を受け入れていけば良いと思う。

なぜなら、その関係自体が反主流・反中心を内在するということであり、現代に生きる私たち「民」の「俗」の実践になるのではないか。

学会自体が、中心・主流に対するカウンター(反権威)になるという、新しい民俗学を体現していることになる。


査読委員側の問題は現実として問題山積だと思われるが、これは多様性を認めることに伴う出血であり、多様性社会のどこでも起こっている現在的事象と言える。

イレギュラーな各個人との軋轢をどう受け止めていくかということに尽きると思う。

人それぞれ、大事にしている自分の価値観があり、そこと他者が同一化するわけがないので、軋轢が生じてどうしても苦痛を伴う。

世代間格差もあろうと思うが、学会や先行研究者自身がそれ自体権威性をどうしても帯びてしまうものと自覚して、民俗学が反権威であることを体現するため、権威側ではない存在へ歩み寄っていくことを願いたい。


2025年4月6日

「情報募集中」の場所を最新の内容に更新しました

当ブログで古くから呼びかけをしている「情報募集中」のページを更新しました。

この数年間に生まれた各種の謎についても追記しております。


【情報募集中】探しています

私は、インターネットで多くの方々から得難き情報をいただき続けてきました。

そのうえでさらなる情報を求めるのは欲張りですが、まだまだインターネット上でお会いできていない先達の方、地元の方がいらっしゃると信じています。

私なりにまとめた情報もたまってきて複雑怪奇となっていますが、お時間が許しましたら内容をご覧いただき、お持ちの情報をどしどしお寄せください。


2025年2月16日

イワクラ(磐座)学会の閉会に寄せて

イワクラ(磐座)学会が2025年4月末に閉会することを知りました。

理事の平津豊氏のFacebookの投稿で詳細経緯を見ましたが、学究をつきつめていくことで組織・団体内の制御不能な膨張に悩まれていたのだと拝察します。

「岩石があると何でも『イワクラ』だと言い出す人が非常に増えた」のくだりはおっしゃるとおりですが、これはイワクラ学会が始まる前からよく見た現象であり、人の性のようなものと受け止めています。

今後も関係ないところで何度も同じ発想の繰り返しが生まれていくものと思われ、そういうインフルエンサーや社会の空気とある種併存して、学術活動は粛々と地道にやっていくほかありません。


学会活動もそういう地道なものを背負うものです。たとえば私は長らく、イワクラ学会にイワクラの保存活動(物理的保存・記録的保存)を期待していました。

HPや会報などでそのような視点の活動も見かけることがありましたが断片的・枝葉的であり、今回の閉会により途上で終わり、HPも存続しなければ再び散逸となるでしょう。

イワクラの文化財上の立ち位置の脆弱さ(=自然石として消滅しやすい性質)を考えれば、会員各個人の関心を差し置いても、さらに優先的に取り組まれればと。

個人では太刀打ちできない組織力によって、学会の歴史上の存在感もより一層だっただろうと思いますが――本当に外部から勝手なことを思っているだけでした。


かつて会員の方からお誘いを受けたこともありましたが。私は気にしいなので研究に心理忖度の余地は入れたくないと思い、自由勝手気ままにさせていただきたく、結果的に入会することはありませんでした。

創立以来変わらず会長の渡辺豊和氏の思想強く、外から見るかぎり個人組織・個人誌感が否めなかったのもあります。

理事の高木寛治氏、江頭務氏などの路線であれば、また異なる「イワクラ」観が社会に浸透したかもしれません。


とはいえ、イワクラ学会の活動の延長線上で設立された日本天文考古学会で今後研究が進展していくのだと思います。

学会名称から、岩石以外の天文考古学に軸足を移していかないとならないことは自明と思われますが、考古天文学会議を主催する北條芳隆氏など、本職の考古学者との協業が進めば学術的な未来が見えてきそうだと楽しみに受け止めています。

天文学を中心に据えて、理系分野の方々が多いと拝察するので、文系歴史学にカウンターを食らわす学際の嚆矢になることを期待しています。

ただし、文系歴史学の知の蓄積も半端なく、門外漢がいっちょ噛みすると大やけどします。お互い敬意を持って協業できる将来を願います。

私も文系という限界の中で自分にできる研究をしてまいりますが、自分の問題意識の延長線上でご教授を乞う日がいつか来るでしょう。


2024年8月18日

池田清隆氏遺作『山中暦日無し』紹介


『磐座百選』(出窓社 2018年)などの著者で知られる池田清隆氏が2024年5月に逝去されました。

岩石崇拝(岩石信仰)を深く追究されてきた先達です。深い喪失感の中ですが、縁あって最後の道標となる遺作『山中暦日無し』(私家版)をご恵贈いただきました。

『山中暦日無し』は、氏が近年綴られていたブログ「庭に磐座をつくる」を活字化したものです(全78頁)。

ブログはかねてより定期的に読んでいましたが、これまでの例をふりかえればインターネットの文章はいつかは消えるもの。このように、書籍という形で氏の文章が後世に残ることに安堵しています。


再度、本になった文章を読み直しました。不思議なものですが、web上の横書きと紙媒体の縦書きでは読んでいる時の受け止め方が変わり、個人的には本のほうがより一層深く響きました。

これは、私自身のテーマの変化もあるかもしれません。今年から特に、庭園における石のありようや、水石・盆石などの鑑賞石文化も勉強していかないとならないと、遅まきながら感じているところです。

『磐座百選』『磐座への旅』を書き終えた池田氏の最後の仕事は、自邸に設えた庭、そしてそこに置いた岩石(磐座・炉石・関守石・石造物)にたいする思いをしたためたものでした。

他者が信仰した磐座・岩石ではなく、氏自身が当事者としてつくりあげた磐座・岩石を言語化するというところに、ひとりの人間の岩石への信仰告白が記録化された無二の業績だと思います。


氏の文章は常に真摯にそして赤裸々であり、本書においてもたとえば、巨石を手にしたときになるべく大きく見せたい「スケベ心」と葛藤する様子や、自らを「器量もゆとり」もなく「分相応」と認めて身に余るものは所有しないという姿勢、健康寿命の区切りを自覚して「増やす」ことをやめて一部を然るべきところへ寄贈した引き際の哲学などが語られています。

庭内に長年をかけて石据えした「磐座」はさすがに寄贈できないでしょうから、この後もこの場所にあるのだと思いますが、本書で現役時の写真と庭園の見取り図もしっかり図化されて、後世追跡可能な記録として残りました。

一個人が思いを込めた岩石事例として、あるがままで存在しつづけることを願うばかりです。


本書でもっとも興味深く目に止まった箇所は、氏が初めてこの種の岩石に出会ったエピソード部分です。

氏の故郷である愛媛県大洲市の金山出石寺。小学生の林間学校で寺境内に存する「護摩岩」を見かけた時に「子供心にも強く印象にのこった」とのこと。まさに氏にとっての最初の岩石への特別視の発露でした。

氏は当時をふりかえって言語化を試み、岩石の割れ目が要因ではないかということ、割れ目に「なにか」が潜んでこちらを見ているのではないかという感覚、恐さを帯びた「異界体験」であることなどの言葉を残しました。

氏が『古事記』の岩屋信仰に注目したり、「気這い」の感覚を重要視したことなど、この原初のエピソードに通ずるのだと納得するところがありました。

一般化できるかどうかはさておき、ひとりの人間の岩石との心理的関係を描いた貴重な記述と言えます。

時機到来し、金山出石寺の護摩岩を実見することがあれば、この記述を念頭に置いて対峙してみたいものだと楽しみが一つ増えました。


氏と直接お会いすることはかないませんでしたが、メール上で幾度かやりとりをさせていただく関係でした。

2022年に拙論(『古事記』『日本書紀』『風土記』は岩石をどう記したか)を発表したおり、研究史で氏の『古事記と岩石崇拝』を紹介しました。研究ですのでどうしても批判的な部分を含むこととなり、気に障らなかったはずがありません。それでも、岩石に失礼のないようにという思いだけで書き上げたものであり、氏の文を読んだ後学の一人として岩石に対する思いは同じところを目指していると受け止めてくれていたなら、と思います。


池田さんから最後にいただいたメールには「吉川さんは私の『希望の星』そのもの」であり、「岩石信仰という分野を『学問』として確立してほしい」と思いを託されました。

本書における、深い文化的素養に裏打ちされた氏の八ヶ岳生活を知った今では、とても希望の星などという過分な評価には応えられそうにありませんが、遅まきながら私も岩石に対峙する当事者として、向き合い方をあらためていこうという入口に入ったように自覚しています。

氏が残された数々の文章に、これからの私自身の学びの足掛かりが多く潜んでいるものと感じます。これからも折を見て読み返し、学び続けていくことになるでしょう。

これまで受けたご学恩に深く感謝申し上げるとともに心より哀悼の意を表します


紹介:池田清隆氏の『磐座への旅』出版記念講演会の公開動画


2024年7月23日

旧Twitter(現X)のつぶやき

Xの投稿(2018~2024年)を終えることにしました。

Xのアルゴリズムが不明瞭のため、休眠アカウントが突然削除されてもいいように、ここにログを移しておくことにしました。

ブログ更新投稿、書籍紹介投稿、宣伝投稿、画像メイン投稿などは基本的に割愛。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年7月29日

twitterを始めました。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年8月17日

地元四日市市で、新たに7つの岩石信仰の事例を知りました。まだまだある(あった)んだろうなあ。自らの故郷への無知を恥じ入りました。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年8月17日

皆さんの地元も、石がないように見えて実際は石の宝庫なのかもしれません。自戒を込めてですが、いわゆる、○○県は巨石の宝庫だとか、磐座がないという言説がいかに危ういか。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年8月17日

石の調べ方

1.地元の図書館の郷土資料コーナーを片っ端から調べる。

2.地区の広報だよりが穴場。昔の記事に、歴史好きの古老や郷土史家が記事を書いている場合がある。

3.webは国立国会図書館のデジタルアーカイブなどで古文献調査が捗る。

皆さんもこの方法で知られざる石探しライフを

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年8月18日

この前見つけた三重県の岩石祭祀事例をプロットしたら、交差しあう3つのレイラインが書けちゃいました(もちろん歴史的背景は無視)。このように3~4地点を直線で結ぶラインは湯水の如く作れます。三角形や円も作れるでしょう。定説を疑うのはOKです。でもその前に、自分の閃きを疑うのが批判的思考。 

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年10月31日

「近世以降の『鎌倉絵図』にみる観光資源の価値継承に関する研究」押田佳子氏

https://t.co/9UjDE5oxad

14ページに鎌倉の「石・岩」の調査がまとめられていますが、残存率は40%。これが本当なら、どれほどの石・岩が消失したことか。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2018年11月30日

岩石は喋らないし、意思を持っていません。では岩石を喋らせているのは誰?無意味であるはずの岩石に、意味を持たせているのは誰?

私が岩石信仰を研究する目的は、人の心が透けて見えるからです。岩石は人の心を映す鏡みたいなもの。ザラザラゴツゴツな模様を見て、ものする人が多い事実を広めたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年1月31日

山の中にある磐座と呼ばれるもの。聖山=禁足地に囚われると矛盾した存在となる。

例えば三輪山が聖山となったのは、山頂の奥津磐座も一因だったのでは。山頂に踏み入れないと存在を認識できない。

山に立ち入ってはいけないという人、神に会うために立ち入る人。

古代人も一通りの評価ではいけない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年2月4日

Google+終了のお知らせ。

私が入っている神社・仏閣コミュニティは毎日いろんな人が投稿するアクティブなコミュニティだった。

考古学的な視点でみると、インターネットの資料は「地中奥深くに埋もれる」というより「不定期に盗掘に遭って資料が失われる」イメージ。 https://t.co/BAWmpOwYZl

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年2月24日

廣瀬匠氏『天文の世界史』集英社 2017年

「冬至の日の出、日の入に合わせて石などが配置されたとされる遺構は数多く、イギリスのストーンヘンジはその中でも特に有名なのですが、こうした主張のほとんどは根拠が乏しく、たまたまそこに石があったり置かれたりしただけだと考えた方が自然な場合が多い」 https://t.co/bzel9qhtoG

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年3月18日

聞き取りをするとき、必ずしも話者がそのことについて言語化できているわけではない。

たとえば、なぜあなたは石が好きなんですか?と聞かれても、私はそれをうまく説明できない。

とってつけた回答をすることもあるだろうが、それは言葉にしようとして整合性をつけただけで、世界観のすべてではない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年3月25日

批判的研究は学問の大切な作法だが、研究ではなく人を批判しだすと、しっぺ返しと不毛な連鎖に陥る。

フォーカスするのはあくまでも研究内容。

「未確定の歴史」という対象に向かって、共に立ち向かうという力の向き方を目指したい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年3月30日

桐原健氏が『和名類聚抄』を引いて石と岩の概念を語る。

「石は人力で持ち運びできるものであり、磐・巌は大地に食い込んで動かない、人力では如何ともなし得ない大石」

「縄文時代にあって主たる祭祀の対象となったのは石であり、古墳時代祭祀の対象は磐・巌で、これは古典にいう磐座に通じている」 https://t.co/rQQWjE4HFP

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年4月1日

レイワ

岩はいってるね。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年4月27日

現地看板は信じすぎないように。

どこかのだれかのストーリーを一冊だけ読まされる。それ以上でもそれ以下でもない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年5月21日

「現代の科学的思考はあまり役に立たない。客観的な定義よりも、奇岩を神聖なものと見立てる主観や感性こそが頼りだ」

気持ちはわかるが、再現性のあることを書かないと読み手は信者になるかアンチになるしかない。

私はまだ学問であることにこだわりたい。それでも無理だったら、そちら側へ行きます。 https://t.co/98gZQ6tNLt

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年6月1日

氾濫する情報と、少数派に追いやられた情報。

石も同じですね。

その石の話、出処をたどるとどこに行きつきますか?

当事者に行きつくことは、限りなく少ない。

原状が保管されたフィルムを見ることより、誰かが新しく作ったフィルムを見せられることのほうが多い。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年6月16日

佐渡島の小布勢神社では御食石の祭があり、神主は祝詞奏上後、甘酒と餅を御食石めがけて投げ、投げ終わったら後ろを振り向かずに神社へ急ぎ帰るそう。

神聖な対象に媒体を投げることはタブーではないことがわかる。 

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年6月21日

社会は多様化しているといわれますが、人間が関心を持てる領域には時間も資源も限界があります。

人気があること、知名度があること、生産性があることを目的に追い求めると、こういった「使えないと判断された世界」は消えていくでしょう。

でも、私は価値を発見できてないだけなんだと思います。 

https://t.co/mudK1B3UfJ

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年9月29日

石積みがあるからと言って、すぐに神殿や宗教とか思っちゃうと危ない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年10月13日

巨石で信仰の場となったものと、巨石なのに信仰に行かず好奇や鑑賞の対象となったものの差とは何だったのか。

岩石の大きさが、信仰の有無を左右していない。

巨石信仰とは、巨石だから信仰となっていない事実に目を向けなければならない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年11月29日

“しめ縄をつけようか”

この心の動きがポイント https://t.co/8MR7H0eziP

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月6日

正直こんな石が大切にされているのか、と思うこともある。私に生まれてしまった気持ちなんだからしょうがない。

でも、それはその石への知識がないだけ、と思うようにしている。知識がないと、その石を大切にしてきた人に向けるための想像力のバックボーンが足らないから。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月11日

磐座と書いてあったら、それは本当に磐座なのかと疑う所からスタートするのが岩石に対する作法。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月12日

岩石の伝説を聞き取ったら、隣の家の人にも聞いてみる。

ものの本に載っている伝説は、沢山いたはずの話者の特定の一人を掬い上げたものだからだ。

複数のソースを掬うことで、基層と上書きされた後天的な知識を分離させる。

しかし現実は厳しく、隣の人に聞くと返ってくるのは「なにそれ知らない」

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月13日

岩石信仰において注連縄ほど頼りにならないものはない。

昨日にはなかったかもしれないし、明日にもなくなるかもしれない。

注連縄や鳥居や灯籠を取り外した先に岩石があるが、それらなしで岩石信仰とわかるか自信がない。

看板すらなければさまよってしまうひ弱な存在が研究をしている。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月14日

石神を信仰していた村人が、隣村の石神まで信仰できたか。

イボ石、夜泣き石、重軽石は全国にあるが、取っ替え引っ替えされたとして同じく信仰されたか。

いつもと違う川や海浜で石を拾って奉納しても祭礼は成り立つか。

岩石信仰は、岩石そのものから端を発する部分がどこまであるだろうか。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2019年12月29日

「岩石を崇拝しているのではなく、岩石は標識で、岩石を通して別の何かを崇拝しているのだ。」

この命題は、0か100かの一択に囚われている。

岩石は不朽で永遠性があるから、岩石は原初性を感じるから、といった理屈で岩石に惹かれるのか?

岩石を、素材の概念や理屈で考えるのは限界がある。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月6日

石神と磐座のどちらが先行した概念だったかは、実はまだ解明されていない問題。私は結論するのにはまだ資料不足、時期尚早だと思います。

資料がお互い多すぎて、どちらにも与することができない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月6日

石の背後に神の気配を見るのが磐座的な発想だが、石と神は別概念だから、それを言っては全てが磐座だ。

私が問題提起するのはそこではなく、石と神を言葉でなく感覚で同一視する心理。

奇石に出会ってギョッとする感覚は、石を通して別の何かを見ている訳でもない。石を見て、ただ石に惑わされている。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月11日

集落でまつられなくなった巨岩の前で踊ったり祈ったりするスピ系の若者たちがいて、集落の人々が怖がっているという話を聞いたことがある。

ムラの垣根を土足で踏み入る行為だが、集落ですでにまつられていない巨岩に、若者たちが訪ねるから道が残り、巨岩の歴史が続く。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月22日

神聖な岩がすべて磐座とは限らないので、すべてが神の坐す岩ではなく、手を触れる、動かすなどして機能を発揮する霊石もあります。

ただし、歴史を知らない限りは手を触れないのが無難な選択です。大切なのは、石の歴史を知ろうとし、石の歴史を尊重する対応をとること。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月26日

不動産開発や都市計画で地形改変される時、単なる岩の出た場所として破壊されるか、それとも遥か彼方そこが聖なる存在だったという歴史の可能性を垣間見て破壊されるか だけでも違う。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年1月30日

ある考古資料を「祭祀の痕跡」と考える時に起こりやすい思考パターン。


1.自分の理解できないもの、わけのわからないものを祭祀で括る方法

自らの価値観以外の存在を否定するスタンスであり、不適切なパターン。


2.見た目のイメージ(形状・立地・分布状況)から推定する方法

原始的なやり方だが、主観の外を出ない。


3.文献資料・民俗資料から当てはめて推定する方法

取り扱いに注意。考古資料に対する多様な解釈を、文献や民俗資料で最初から縛ってしまってはいけない。


4.考古資料の在り方からあくまでも認定する方法

理想だが困難。解釈をする時に、必ず自分の経験則やバックボーンとなってきた様々な知識を、解釈の材料に入れざるを得ないから。


5.祭祀以外の行為が可能性として認められない場合、初めてその存在を「祭祀」と解釈する方法

この方法を貫徹するには、祭祀以外の他の可能性を批判検討できることが要求される。つまり、祭祀だけでなく、あらゆることに広く精通している能力が要求され、考古学における祭祀研究の困難さを物語る。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月1日

たまたまそこに岩石がなく、別の場所からわざわざ岩石を持ってきて祭祀場を築いた場合、祭祀発生要因は「その場所に祭祀場が希求されたから」で、場所>岩石と言える。

このように岩石信仰は岩石への神聖視ありきで生まれていないが、なぜ岩石を選んだかは実用的側面以外の要素も可能性に入れたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月5日

「この岩はまつられています」「御神体石です」という説明を受けるとそのままフーンと聞き流してしまいそうだが、よく考えると漠然とした話。 

岩をまつると、岩を信じるは同義?神体石の体とは何か。今そこにいるあなたと、岩石を最初にまつった人の心は同じか。

そこが伝承の中で曖昧になっている。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月6日

聖地を訪れる時は、ついつい利便性や安全性から晴天時に訪れがちだが、晴天で会うその場所は一面的だと気をつけたい。

雨が降った当日にしか姿を見せない沢や草木の音がある。

利便や安全が除かれた時に聖地の環境性が滲み出る。

とはいえ身の安全と、自身の体感=古代人の価値観ではないことに留意。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月10日

磐座や巨石信仰は、原初的な信仰だから縄文の香りを残していて、神社の祭神や沿革などの文字記録は後から付け加えられたもの、という主張を見聞きすることがあるけど、それで地道な史料読解を避ける言い訳にしてない?

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月10日

この100年間で、どれだけの岩石信仰が生まれたのかに思いを馳せると、岩石信仰は心の原初性の一片ではあるかもしれないけれど、歴史的な原初性はなにも担保しない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月13日

岩石の輪郭、手触り、模様、色、周囲の環境のうち、時代を経ても移ろいにくい属性は何だろう。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月17日

社会で求められるサービスが高度化してきて、余暇も仕事に還元していかないと満足なサービスを提供しにくい時代なのかなと、仕事をしていて感じます。

凡人は、時間をかけて量をこなし、同業に勝つ。必ずしも結果に結びつかない時代ですが。それがまた不安と戦いながらメンタルを削ることになる。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年2月23日

奇岩の命名権。

「岩石に名前を付けるということ」を読んでからもう一度ご検討を(だめとは言ってません) https://t.co/a4c8lFePdk

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年3月8日

この素朴な疑問に応える必要はあるでしょうね。

>岩の下にある隙間をなんらかの意味があるように捉えてる人がいるようだが(中略)こんなに岩がたくさんあれば、どうとでも組み合わせができるんじゃないのかな?必然よりも、偶然説が大事でしょ。

https://t.co/wZQOaCuIhY

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年3月25日

研究よりも記録を優先したいこの先の日本の情勢

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年3月28日

やぐらの「くら」をいわくらの「くら」で例示していますが、「くら」そのものは内部に空間を持つもの、何かを収納できる場所という意味だと思います。

「くら」自体に聖なる意味が籠っているとは限らないので、ミスリードしやすい点に注意です。 https://t.co/VZzz7DIKc1

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年4月10日

妻に「石の声が聞こえないの?」と言われた。

今まで聞こえている人だと思ってたんだ。聞こえません(笑)

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年4月20日

ブログを更新しました。

新潟県だけで23事例あります。「○○県は磐座が多い」「○○県は不毛の地」固定観念を揺るがすにはじゅうぶんでしょう。

『日本伝説名彙』石・岩の部 事例リスト

https://t.co/fxFMpu8QZ5

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年4月20日

地元には、石を拾って神前に奉納する祭りがあります。

今、この祭礼を行うか自治会で議題に上がっています。

祭車は自粛するが、石は拾うだろうという見通し。

何が祭祀の本義で目的か、各地の祭祀は問われている気がします。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年6月14日

椿大神社の人が、ある個人邸にまつられている石に毎年お供え物をもって神事を行うという話を再度聞く。もともと椿にあった石とは限らないが、何かしらの由縁があるものと思われる。

石はそんなに大きいものではなく人頭大レベル。実際見た人の知り合い経由での又聞きのため、それ以上のことは不確か。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年7月21日

不動産としての岩石に惹かれる人と、動産としての岩石に惹かれる人がいる。

これって、けっこう別世界レベルの分かれ目だと思う。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年7月30日

数十年後、数百年後の人喰岩を考えるとき、この工事看板は保存されないだろうから、今しか存在しない貴重な歴史資料となるのでは。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年8月23日

多様性を認めるということは、土地の人が必ずしも土地の歴史を守らなくてもいいことも認めなければならない。

じゃあ、だれが土地の歴史を守るかというのも多様性社会。土地の外からも手を挙げやすく、受け入れやすくする土壌が必要なのでは。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年8月25日

石長比売は「石の如くに、常はに堅はに動かず」というけど、石長比売自身は移動しているよね。

このように、岩石自体の不動性を売りにしながら、神は移動性を持っている例がある。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年8月25日

石押分(の子)だって、巖(いはお)を押し分けて出で来たわけだから、巖の重量感や不動性を頼りにしているのに、結局巖は動いて、石押分の子も移動しているわけで。

岩石の境界性がそうさせるのかな。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年8月30日

本圀寺境内で「磐座」を「再発見」したという木下達文京都橘大学教授の寄稿。

縄文と直結するのは慎重でありたいですが、興味深いです。

『護山會報』第30号(2020年8月1日発行)

https://t.co/6aUETCUOCo

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年9月12日

良い言葉が浮かばない時、書きなら推敲できるけど、しゃべりは推敲できない。

だから発言にはそんなに目くじら立てない。

これは自分を正当化したいからの心理ね。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年9月16日

神戸市にある「大輪田泊の石椋(いわくら)」は、正しくは「いわくら」ではなく「いしくら」という情報を聞きました。

仁寿3年(853年)「太政官符」の「石(イシ)掠」の用例が根拠です。

磐座の系譜というよりは、石垣につながるイシガケ・イシグロ・イシグラの系譜か。

https://t.co/3nZ2gJ7pH1

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年9月22日

グサリと刺さります。信仰研究などというのは、言葉にするほどカオスになるのはこれまでの教典も然りな話で。

では論文というものも、言語化に囚われない形式の発表が生まれないものか? https://t.co/zEwpGz1jRv

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年10月27日

古神道、縄文文明、巨石遺構といった言葉には、ご自身がどう考えてその用語を註釈なしで使っているのかということを逐一確認していきたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年11月5日

「神谷磐座」のH27年製作看板を作ったのは誰だろう?昔はそのような看板は立っておらず、歴史が独り歩きしている。

使っている独自用語で、バックボーンの予測はつくけれども、自説を現地の看板で展開するのは慎んでほしい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年11月13日

考古学、ひいては歴史に対する考え方がまとまっています。

記録(学問的な)をとること、公開(誰しもが追試可能な)をすること。そして、不要不急・力不足な調査をするぐらいなら、そのままにした方が良いこと。破壊ですら一つの歴史です。 https://t.co/5i2xpcC4CY

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年12月18日

南信州地域資料センター「資料渉猟余話」の103-104,111-113「山上の神殿」の調査が面白い。

戦前、自らの祖先の故地に神社を「再建」した男の話と、男の死から70年、所在地がわからなくなった山上の神社の調査行。

この宮之本神社には、40人以上が乗れた磐座もあった。

https://t.co/Bg81gK1QZ7

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2020年12月29日

この時期(冬至前後)朝鳥明神の記事のアクセスが増えるが、太陽観測装置云々に対して疑義を呈した部分があるので、とある方面から頗る評判が悪いらしい。神職さんも不快感を示されたとか。すみません。

でも、みんな横並びの同意見の中なら、一人くらい言わないといけない。

https://t.co/oPjwS0jq9O

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年1月9日

はたして話者の方が快く、オンライン聞き取りや動画・写真・3D記録に協力するか(そのようなアプローチができるか)という変容も必要だけれど。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年1月9日

変化が激しく、時間と資源が限られている時代下なので、即データベースできる動きは歓迎します。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年1月14日

これは難しい問題。石神と呼びながら、当事者がそこまで意識して言葉を使っていない可能性と、石神でありつつ神格はアマビエであることも両立する可能性。これは石神の定義にも関わる問題だけど。概念規定やはり大事。 https://t.co/WzImZi1MGs

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年1月17日

理屈や言語で説明できない領域を、どう表すか。信仰の再現性。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年1月18日

町の広報はブルーオーシャン

>広報ぜんつうじの中には、市民の皆さんから寄稿いただいたものも多く存在します。このページでは「石の民俗」として、11か月の間、市内の「石」にまつわるエピソードについて紹介したものを掲載します。

石の民俗 - 香川県善通寺市ホームページ https://t.co/nqLuYkfYx7

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年3月25日

4連休を論文に当てて感じたこと。

・研究は9割完成でも、論文としては1割レベルということ

・自らの分を知ること

・戦うフィールドを決めるという意味でも、引き算の美学

・数多の犠牲の上で成り立つ行為(善悪の意味関係なし)

・ルーティンの中で、楽しみ要素を自分で見つけること大事!

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年4月3日

地質と歴史の間に、自然石信仰や自然石への特別視を位置づけるのはまだまだ難しいようです。

「第28回企画展 やっぱり石が好き!三重の岩石鉱物」(三重県総合博物館)

https://t.co/KuaA2XiXnD

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年4月8日

自然石巡り派の実感からすると、昔ゴルフ場、今ソーラーパネルといった趣。

数十年後のメンテナンスとか、考えてやっているとは思えず、縮小経済のこの国の行く末が思いやられる。 https://t.co/oEJYDjgBmi

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年4月11日

石を積みたくなる気持ちは人間の本能に近いと思うのが感性で、そう言えるのかと疑うのが歴史学で、石を積むと道迷いの原因や環境破壊につながると考えるのが未来志向。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年4月16日

平安時代の大形住居から出土した大石。調査担当者は磐座説と石神説の両論併記。磐座一辺倒でなく良いと思います。

住居内の大石の下から土器が複数埋められ、大石の周りには小ぶりの石が取り囲む。何でしょう、これ?

【発掘された松本2020】報告②堀の内遺跡・兎川寺遺跡 https://t.co/nsp9Tedjaq

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年4月18日

どこも大なり小なり後世的な影響は受けて今に至るのですが、率直に言えば、明治政府下の神道、戦前の新宗教と霊学関係、戦後のオカルト超古代史ブーム、2010年以降のパワースポット・スピリチュアルブーム…このあたりの重層性が加わると、その影響が薄い場所と比べて10倍(当社比)調査が難しくなる。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年5月27日

群馬県渋川市の硯石が、正規の許可を得ずに動かされて、岩肌が傷ついた状態で近くに移設・安置されたという問題の続報。

高木市長が関与を否定 硯石問題と社協人事介入 渋川市議会百条委|社会・話題|上毛新聞ニュース https://t.co/spbHr5AmXf

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年5月27日

先ほどの硯石のニュースと並べると、「岩石がその場所にあること」の意味は大きい。

踏むと幸せ?ハート形の石、登山道に戻る 一時不明に(朝日新聞デジタル)

#Yahooニュース

https://t.co/AOjLMTY7iH

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年6月21日

この手のネタは、昔から焼き直しされ続けているだけで、先行研究や資料批判などを踏まえられたものは少ない。

でも、言い続けていると勝ちな風潮あるので、批判側も負けずに言い続けていきたいですね。 https://t.co/YZ8XtrERNK

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年6月29日

>石は人間臭さを感じる言葉なので、山奥にある巨石は必然的に岩と付くものが多いのです。

石に魂がこもるのが岩という説もあるくらいなので、人間臭いのは岩という考え方もできる。

石大神と書いて高さ100mを越える岩山もあるから、難しい解釈。

岩と石の違いを考える

https://t.co/iBqClfNxHr

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年7月8日

>インターネットに永久不滅はない

>Googleがブログサービス「Blogger」の提供を“たまたま”続けているからにすぎない https://t.co/lvy1e2tQU8

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年8月3日

巨石=縄文時代という図式が広まっていらようですが、自然石信仰と石造物祭祀を混同してはいけません。

縄文時代の自然石信仰を証明するのはまだまだ途上。弥生時代でさえ難しいのに…。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年8月11日

人工的な加工痕を検出できる石材と、それらが存在しない自然石との対比で研究が進んでいくことを願います。

新たな採石遺構調査へ 小豆島 石丁場委が初会合 残石の分布状況確認も | 香川のニュース | 四国新聞社 https://t.co/sn8u06HZOr @shikokunewsより

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年8月22日

岩石に造詣の詳しい考古学者または地質学者が、岩石の人為設置・人為加工を証明してから「縄文の巨石観測装置」の話は聞きたい。

(縄文土器と石器が散布していることは、巨石の観測装置としての証明にはならない)

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年9月16日

今回は1886年の絵図に描かれた場所の再発見でしたが、100年以上前、50年前にわかっていたことの再確認作業が今後増加していくはず。 https://t.co/JLC1dhDa3W

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年9月18日

信仰が途切れた限界集落や廃村の岩石で、スピリチュアルな人々が新しい信仰をしている例を聞きます。

眉をひそめる向きも理解できますが、この人々のおかげで岩石への道が維持され、閉鎖的であるほど途絶するという一種の皮肉。

今していることが即歴史でもあり、信仰に大小はあるのかという視点も。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年9月18日

歴史的な記録は記録で正確にとり、現状についてどの立場をとるのかについては、多分に信条的なもので変わるでしょう。守りたい信仰側の立場に立つのか、文化財保護の立場に立つのか、歴史の改変者でいるのか第三者でいるのか等々。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年9月26日

ライドされた側の岩石の影響。

> 京丹後市久美浜町にある神谷神社——神谷太刀宮という場所があるんですが(略)地域側から集客をもくろんだ「聖地」アピールがなされるようになってきましたが、あくまでこれらは「草の根」の活動で、誤解を恐れずに言えば、作品にフリーライドした活動ともいえます。 https://t.co/1MU3yK4zSX

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2021年12月13日

16年前に亡くなりました

はご本人の話を聞きたくても手も足も出ないが

5年前に出会えれば、その岩石はあった

と聞くと、どうにかできたかと思う。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年1月24日

クラの地名が多いという新潟、福島、長野にいわゆる磐座事例が多いかというと、異論もあるところだと思います。

クラという言葉自体には岩石の意味は本来こもっていなかったという立場です。 https://t.co/g9AH5wZHtb

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年2月7日

20年前と、インターネットの使い方も見え方も全然違う。いつまで対応できるかなと思う時はある。 https://t.co/lkvJLSyqAI

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年2月20日

BTS神社は洞穴内にあるということで、是非はともかく、私は岩石信仰の事例として収集する必要が生ずる。

分類としては●信仰の領域と推察。詳しくは拙著の276ページにて。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年4月6日

特別視と神聖視は概念としては異なるが、言語化されていない限り人が線引きするのは避けたい。

(研究上のみならず当人の感情を左右する意味においても)

資料として便宜的に区分する手続き上では、似ていながら厳密には異なるであろう類義語を複数用いることで、それを心のグラデーション幅としたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年5月30日

1987年作成の文書らしいが面白い内容。

自然石であっても、人間行為の働きかけによって神聖性が与えられた岩石には、自然の土地ではなく物件としての認定が可能となり、補償の対象となるという判断。

「信仰対象となる山中・巨岩の補償事例」

https://t.co/aLpShMEWDw

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年6月2日

プラシーボ効果とロールシャッハテストは、岩石をものするときの前提。

【時事メディカル】教えて!けいゆう先生|花こう岩が病気に効く?

~平時なら容易に気付けるはずが~ https://t.co/lXw2MXeZRx #時事メディカル

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年7月11日

古代遺跡と観光資源とパワースポットの三段重ねの水脈はどこから来るのだろう。遺跡の認定は正しい手続きを求めます。 https://t.co/gjMmHJUjog

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年8月1日

始めるより続けるが難しいとはよくいうけれど、この20年インターネットの趨勢を見て感じるのは、終わることを設計して始め続けることの難しさ。後継者作りがうまくいかないのと似たものと思う。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年8月27日

信仰という言葉の問題。信仰は敬虔なものばかりではないので、信じることはあれど仰ぐかは別問題です。信仰に代わる適切な語を用意できないので、私は偽信仰、亜信仰、親近的信仰、畏敬的信仰、畏怖などの細分化で留保しています。

岩石崇拝という言葉もあるけど私が崇拝を使わない理由と似ています。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年9月8日

自然石信仰は、有形と無形の狭間に立つ文化財と位置付けています。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年10月5日

岩石を愛でる心はあるけれど、自分のその感覚を信じていない。同じく、あれとこれは共通性があると感じることはあるけれど、その自分を信じないことにしている。

自分の研究姿勢の根っこはそこで、自分を信じていないから研究の動機になる。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年10月27日

人がしゃべることはだいたい宗教だよ。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年12月1日

無能の代名詞としての石。財としての石。

石を自分だけのものにするというのは、石の歴史に手を加えるということ。思うよりも無ではない…。 https://t.co/eMSBBtR4Yw

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2022年12月6日

昔のホームページに書いていた情報は、本に転載した部分だけしか今は読めない。

インターネット情報を紙で出版しておく意味をひしひし感じる。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年1月2日

磐座は自然信仰だ、いや磐座は人工的に組んだのだ、ぜんぶ磐座と呼べばいいじゃないですか、石好きなんですね等。

私がこれらの言説に接して20年。同じ繰り返しに絶望する日もありますが、恐ろしいほど読まれていないし、史資料の扱いの難しさを示すと言えます。

ということで同じことを言い続けます。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年2月8日

人に感謝された結果お金をいただけて仕事になるという論理を聞くけれど、歴史に携わっていてバグだと思うのは、今いる人だけに感謝じゃなく、今いない「いつかどこか」の人に感謝される場合、結果は今来るわけではないこと。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年2月12日

創られた伝統論は通過されるべきだけど、信仰当事者の前やその場で発言するのは無粋。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年2月15日

人はなぜ石を積むのか習俗の問題。善悪とか是非も含めて、言語化されていない根深い問題と思います。 https://t.co/3OkB2o4m4Z

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年4月20日

甲元眞之氏の私家版の論集『甘瞑』在庫なし。「神が依り憑く磐」は季刊考古学で読んだが、他は未見。古書で訪ねたい一冊。

目次

磐座と神の降臨

神が依り憑く磐

諏訪瀬島切石遺跡の再検討

磐座と神社

埋蔵文化財保護の意義

甘瞑 / | 歴史・考古学専門書店 六一書房 https://t.co/j1vzVk1HWh

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年4月28日

疑問点

・スリットの認定基準。スリットではないものとの違い。感性以上の根拠。

・ラインから外れた巨石の分布の提示と評価。

・現在露出している岩石がなぜ縄文と言い切れるか。巨石と太陽=縄文という前提への疑問。

縄文人の道しるべか? 中津川ー関、同緯度に謎の巨石群https://t.co/T0DYtC2Wk9

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年5月3日

土佐清水市の新市史が23'末刊行らしく、唐人駄場に磐座巡りコースが整備されたとの由。

船形石はギリシャ神話のアルゴー船に類似などの文が掲載されているが大丈夫か。

観光課やジオ関係だけでなく、考古学の専門家も入れたほうが良いと思う。

令和5年度市史編さん便り第2号

https://t.co/6GPTcHWicp

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年5月15日

磐座・巨石においても現地の清掃や整備をされる場合、切にお願いします。

ただでさえも認定が難しい祭祀遺跡の資料価値が毀損されるので、中途半端に手を加えるくらいなら何も手をつけず後世に保全するほうが良いのです。 https://t.co/EMrWK9Wv7H

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年5月27日

考古学としては、従来より踏み込んだ史観を示している。 反証としては、大和も沖ノ島も歩けば山に当たるレベル(沖ノ島は島そのものが山)で、山があれば自然河川も流れて岩石も露出する。それは大和と沖ノ島に限ったことではない。それを「地域設計」と概念付けてよいかというところに疑問がある。 https://t.co/yhPF22SGpz

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年6月9日

時代の流れ(アップデート)が速いから、「伝統」の数も激増して軋轢につながることもあるでしょう。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年6月11日

神社で岩、石が大切にされていたら全部ご神体とひっくるめる段階からアップデートしていきたいですね。

私は、ご神体という言葉がもつ深みも腑分けしていきたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年7月1日

学問的な関心と、信仰心に言語化を求めることの危うい関係に気をつけたい。

当事者でさえ言葉で考えないところが、核心かもしれないから。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年7月2日

人の心の中を「調査」するって凄まじい行為です。

輪郭のないものだから、無理に輪郭をつけてしまう言語化やルール作りも取り扱い注意。

求める結果が得られないことも多いが、それくらいがちょうど良い。その中で相手様からポロポロと溢れてきたものがキャッチできれば、それがすべて大成果なのです。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2023年8月23日

最近YouTubeの影響による「磐座・巨石」が多いようで。知らない所で人気が出るのは多様化の証ですが、取り上げられかたは旧・超古代史の文脈でそこに多様性はない。

四半世紀前に一度通過した私から申し上げるのは、心惹かれるそんな自分の感性を疑い、地味と感じた存在に価値が隠れているということ。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2023年9月11日

荒神谷博物館で開催中の「自然への祈り 巨石編」の図録。我慢ならず館へ直接連絡して注文しました。発送購入できます。

ついぞX界では当展示の感想を見ることがなかったので、ネタバレなしの初日を迎えた心地です。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2023年9月20日

神体は石と聞く。

厳かにご神体移す 津の香良洲神社で中遷座 10年後の式年遷座に向け https://isenp.co.jp/2023/09/20/98971/

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2023年9月22日
> 貫通石は、神功皇后が出征した土地の洞窟から採取した石を枕元に置いたところ、安産だったという故事に由来する。

そうなんですか。洞窟という話と枕元に置いたという話はどこ由来なんでしょう。

安産お守りの石を妊産婦へ 桜川市がトンネル掘削の「貫通石」配布

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2023年11月12日

磐座信仰が出雲由来と言えるかは、証明されていない問題なので危ういかも。弥生時代の青銅器巨石埋納を根拠にする場合は、島根県だけでなく広島県・香川県・長崎県など他の西日本でも類例があり、出雲だけに帰結できない。また、磐座と石神の混同解決が必要。出典の伊藤聡氏「神道とは何か」を読むか…

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2023年11月17日

「昔、ある僧が石を煮て食べ、行い澄ましてから、石の中に自ら入って、そのまま出なかった」(石上堅『石の伝説』)の伝説で異彩を放つ「かろと石」。

唐戸(からと)石の名で、和歌山県田辺市秋津川の奇絶峡に存在することがわかった。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年1月2日

自然災害による自然景観の変化。自然石に込められた文化継承の難しさを再度感じました。

「荒ぶる自然の前には看板でさえ恒久的ではなく,さらには自然石そのものもその景観のまま永久不変にありつづけるわけではない」

「愛知県北設楽郡設楽町(旧名倉村域)における自然石の文化財」(2023年12月)

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年1月20日

これって、文化財を現状保存する理念や、新たな歴史を上書きする責任の重さについて、歴史の専門家と議論した上で決定しているんでしょうか?


大坂城再建で使われなかった「残念石」、400年経て大阪・関西万博でトイレの柱に : 読売新聞オンライン https://yomiuri.co.jp/expo2025/20240119-OYO1T50010/

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年1月26日
田井茂実氏『右京のさざれ石と千代の古道』(芹川倶楽部 2021年)を発行者の末野真利氏より恵贈いただく。
さざれ石山(入亀山)が長岡宮の玄武に位置し、在原行平が詠んだ千代の古道の歌から、桓武天皇の郊天祭祀の可能性を指摘し、さざれ石山の北の梅ケ畑遺跡の方形遺構を地壇に比定する。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年2月2日

全日本愛石協会相談役の佐藤観石氏が提唱した自然石文化の概念にお世話になったので抜刷を謹呈したところ、事務局の方から一昨年お亡くなりになられたとのお返事をいただく。喪失感。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年2月29日

外川昌彦氏の「エリアーデのアルカイック宗教論とインド先住民の巨石信仰」(『宗教研究』97、2024年3月31日)という論文が出るらしい。巻数から見て学術大会紀要別冊でオンライン版が公開されそう。

https://researchmap.jp/read0056482/misc/45674874

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury 2024年3月4日

能登の石仏山祭りは無事催行されたのか?

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年3月8日

「付説 員弁郡藤原村春日神社 ―旧称「石神社」― 霊石と境内発見の鏡について」

(岩野見司『考古学上からみた北伊勢』1956年)

1885年頃に道路工事で除去された霊石を約70年後に聞き取り。さらに約70年を経て発見。

切れかけた歴史の糸を70年周期で紡いでいく心持ち。

https://t.co/nytZBUzLBW

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年3月15日

岩石信仰の論点を整理する中で、岩屋岩蔭遺跡(金山巨石群)の考古学・地質学に裏付けられないままの独り歩きに釘を刺したことが個人的な仕事。

数十年後に意味が出てくることを意図して、全体的に遺言めいたメッセージを込めました。ネットが消えても紙の本で辿れるようになり、ひとまず安堵です。 https://t.co/XuZptiTokM https://t.co/ashcfug0KQ

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年4月29日

民俗学的なるものがまだ私にはわからない。その中で、ポピュラーとそうでないものの境目あたりの線引きできないものなどをいろいろ気にしてしまった。名前は一度付けたら上書きを繰り返すのでレッテルのほうに行かないように心配するばかりだが、岩石信仰を標榜した私が言えた立場ではない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月10日

何事も言語化できると思って結果窮屈になっている問題に最近よく出会う。まだ言葉で表していくことを諦めたくないけれど、次の段階にも進みたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

個人の思いを理解しようというのに、公開されているものだけで語ろうとするのが難しいと知ってからがスタート。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

自分のアカウントの投稿だけ見てても、自分のことわかった気になれない。それこそあれだけ書いたブログでも。ああ言葉は難しい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

信仰研究を通して、社会性の中でぼやかされている個人単位の心理に興味をもつようになってきた。自分が信じるものが、周囲との関わりの中でいかにそのままではいられないかということ。これは岩石と自分だけのマンツーマンの関係を維持することがいかに無理であるかを示す。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

つまり、ゼロスタートのピュアな岩石信仰はたぶん存在しえないが、社会的影響や生物的遺伝だけでなく個人間の生物差は確かにある。ヒトの身体差を心理差とみて各岩石の個体差とぶつかる中で多様な心理が生まれくるのはじゅうぶん考えられるという仮説。

その多様な心理を社会がプレスするのである。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

社会の方に目が向く宗教研究とは別で、社会と宗教にプレスされた個人の信じるエゴを岩石に見たい。プレスされてるんでぐちゃぐちゃですけど。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月12日

要するに強者の信仰ではなく弱者の信仰への追究。それは弱者が正義であることを表すのではなく同様にエゴでありいつ何時でも強者と同じ方向へむかう危うさをはらんだもので上も下もないが、だから人間研究の意味があるのではないかと考えて。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月15日

たとえば「天白磐座遺跡」になる前の「拝み所」など。名前以外、何がどうだったのかわからなくなっていて、遺跡のイメージが先行している。聖地を調査されたくないという思いもこの段階で尊重されなければならない。 https://t.co/RsDuexXAs6

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月18日

人間同士の争いは完結。硯石にとっては一過の歴史となるか。

群馬・渋川市の巨石「硯石」問題 市と市議の和解が成立 前橋地裁 | 上毛新聞社のニュースサイト https://t.co/LPX5y6iNxH

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月20日

水石の売却・処分をみると、その岩石の魅力・鑑賞性というものは、後天的な要因が多いのだな。フォーマットがないままで惹きつける岩石の力ってあるのか?

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月21日

このようなインターネットになるとは残念。私は死ぬ前にブログ書籍化して国会図書館納本できるのか(ただし頒布条件必要) https://t.co/JKrrd7K1OU

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年5月31日

「岩石は地球の原初を伝える存在」という切り口で石に関する思いを語るのは、無自覚の科学知に寄りかかった感情で危うい。だれかの言語で自分の非言語領域を代弁されないように。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年6月6日

作り手自身が美と聖を分類しているわけでもないけれど、自分に見えてないものが他者が腑分けできることもあると考えていきたい。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年6月16日

倉石忠彦氏、佐藤観石氏、池田清隆氏と、岩石を深く洞察する先達の訃報が相次ぐ。

今後の高齢化社会を考えれば覚悟し続けないといけないが、先達に代わる世代交替が進んでいるかというと、私も含めてうまくいっているとは思えない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年6月16日

2001年にこの世界に入り、あれも足らないこれも足らないで、自分の研究にも限界を感じるこの頃。そろそろ調査・観察の役に専念したいが、後進といえば宋丹丹氏の研究を除いて心当たりがない。宋氏もずっと日本で研究していただけるのか、石の研究領域を全うするのかわからない。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年6月16日

大場磐雄氏から数えれば、私が死んで25年は現われないか、少子化でもっとか。

私ごときがいけしゃあしゃあとやっているほどのブルーオーシャンですが、X界での認知度向上も力及ばずYouTubeインフルエンスに負け、あまり関心を引く領域ではないことを認めます。

吉川宗明(よしかわ むねあき) @megalithmury  2024年6月23日

ブログを更新しました。

Xがリンク付き投稿をするアカウントをオススメに表示しないようにしている噂を聞き、この数年思う所もあるので本ポストを最後にX投稿は控えます。

ブログで書きたいことは書いているので見に来てください。

「石山寺の岩石信仰(滋賀県大津市)」 https://t.co/VDqlUMCAQ4