2018年8月5日日曜日

粟島神社/大元社の巨石(愛媛県大洲市)


愛媛県大洲市北只424 粟島神社

鳥居龍蔵博士・樋口清之博士の調査によって、戦前に一躍脚光を浴びた「大洲の巨石遺跡」。
その一つに数えられるのが粟島神社にある巨石である。

粟島神社の巨石

「大洲文化発祥の地 巨石遺蹟ドルメン」(昭和5年建立)の碑がある。

粟島神社の巨石

神社の本殿が、巨石の上に築かれている。
これを「ドルメン」に当てはめたものと思われる。

粟島神社の巨石

「高さ4.2m、幅5.7m、厚さ5mという、実に驚くべき巨石である」(大洲市誌編纂会『大洲市誌』1972年)

粟島神社の巨石


粟島神社の巨石

粟島神社の巨石

この巨石は白色珪岩であるが、社域の地質は絹雲母片岩で白色珪岩は産出せず、どこからか運ばれてきたに違いないと前掲『大洲市誌』は記述する。

地表を1m掘ると地層の母岩である絹雲母片岩に達するが、母岩と白色珪岩の傾斜軸がそれぞれずれていることから、元は同一の岩石同士ではないともいう。

地表下には数個の石が混ざっており、これは敷き石であり、母岩の上に人工的に埋め土をした上でこの巨石を設置したという、驚くべき内容が書かれている。

1972年当時の知見であり、現在の考古学がこれをどう再評価するかが見ものである。

五藤孝人「南久米ものがたり 石の古代史と民俗誌」(大洲史談会『温古』復刊第27号、2005年)に、この粟島神社について詳細な検討が加えられている。

まず、粟島神社という名前は昭和9年(1934年)に合祀されたことによる名称で、それ以前は大元社(大元神社)と呼ばれていた。
大元社自体も安政6年(1859年)に社殿が今の形で建てられたものであり、それより前の当地および巨石のあつかいはわかっていない。

神社境内裏からは常森遺跡が見つかっており、ここからは縄文時代早期~弥生時代中期にわたる石器(石笛もあったというが現在行方不明らしい)・土器群が出土していることから、当時からの人足があった場所であることは間違いない。

また、拝殿の石垣と石段に計4カ所、盃状穴が残っているというが見逃した。

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