2020年1月26日日曜日

御社尾の神石(奈良県奈良市)


奈良県奈良市都祁小山戸町 かもえ谷(都祁山口神社裏山)

都祁山口神社は延喜式内社であり、大和国に14座存在する「山口社」の一社として知られる。
また、同じく延喜式内社であり都祁村友田に鎮座の都祁水分神社は、元来当地にあったともいい、都祁の当地は山口神・水分神の神格にふさわしい聖地だったと言える。

この都祁山口神社の裏山を5分ほど登った山のへりに「御社尾の神石」がまつられている。
御社尾(ゴシャオ)が、岩そのものの名前でもある。




元慶3年(880年)、水分神が白龍の姿で降臨した磐座と伝えられる。

神石の手前で立入禁止の札が立つため奥の様子はわからないが、岩盤が地面から瘤状に盛り上がっていて、神の座石としてふさわしい形状をなす。

御社尾を含めた尾根全体が岩盤から成り立つ岩山

立地も興味深い。二つの尾根がちょうど重なるところに御社尾の神石があり、神石の奥から本格的な山に入っていく。

また、磐座の手前は谷になっており、その谷の先に都祁山口神社の社殿がある。この谷を「かもえ谷」(誤表記かもしれないが「かもし谷」表記もみる)と呼ぶらしい。

山口神をまつる立地でもあり、水分神をまつる立地でもあるということだ。

御社尾の前の谷間から流れる沢水は、都祁山口神社境内のこの池へ流れ込む。

近くには「都祁直霊石」と刻まれた岩石があり、御社尾を「都祁直(あたい)」の「霊石」と説明する石標にも思えるが、現状ではこの石の前に榊が献じられていることから、この石自体も霊石となっている。



御社尾の近くからは古墳時代の管玉が発見されていることがわかっている。
表面採集ではあるが、少なくとも古墳時代からの祭祀遺跡の事例としても重要な存在である。

なお、小川光三氏は複数の文献において御社尾について取り上げており、御社尾の岩石には一部人為的に前方後円の形に整えられた形跡があると記している。現状として御社尾は禁足地であり、正面から見た限りでは人工と証明できる部分は見当たらないため私は自然岩盤と認識している。

さらに小川氏の情報によると、御社尾から尾根をさらに奥へ進むと八王山(ハッチョウサン)と呼ばれる小山があり、八王山頂上には「列石」があると報告している。しかし、その詳細については触れられておらず真に列石かも評価できない。

参考文献

  • 小野真一『祭祀遺跡地名総攬』(考古学ライブラリー11)ニュー・サイエンス社、1982年
  • 国立歴史民俗博物館(編)『共同研究「古代の祭祀と信仰」附篇 祭祀関係遺物出土地名表』(国立歴史民俗博物館研究報告 第7集)第一法規出版、1985年
  • 小川光三「海洋民の『山立て』と古墳」 日本環太平洋学会 編『環太平洋文化 = Journal of Pacific Rim studies』(6),日本環太平洋学会,1993-04. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/4426203 (参照 2024-03-22)

0 件のコメント:

コメントを投稿

記事にコメントができます。または、本サイトのお問い合わせフォームをご利用ください。