2021年10月19日火曜日

観音寺山の岩石信仰(滋賀県近江八幡市~東近江市)


滋賀県近江八幡市安土町~東近江市五個荘川並町


観音寺山(標高433m)は、北は猪子山から瓜生山と続きその南に至る、繖山(きぬがさやま)山系の最南峰を占める。
(観音寺山自体を繖山と呼ぶことも)


観音寺山は、歴史上では山頂付近に観音正寺が建立され、中世には佐々木氏によって佐々木城が、さらに六角氏によって観音寺城が山頂付近に築かれたことで知られる。

観音正寺

これら山岳仏教、そして城郭といった要素に加え、本記事では自然石信仰の事例を紹介する。

この三者がそれぞれどのように作用・影響しあったのかも含めると、複雑な山地利用を推測させることになり、観音寺山の歴史を考えるうえでの参考となればと思う。


まず、観音正寺から北東100mほど行くと、斜面沿いに「奥の院」が見える。

奥の院入口

石段

堂宇は岩肌に埋め込まれている。

奥の院は、大小の岩石に取り込まれた中に石段をもって築かれ、おそらく岩陰となった空間に切りあうように堂宇を建てている。

堂内に空間はほとんどなく、奥壁には堂裏の岩石が接している。これは、同じ繖山系の岩屋北向観音(猪子山)と同じ構造となっている。

平安時代後期に磨崖仏が刻まれたことがわかっているが、線刻は摩耗が進んでおり判別しにくい。


奥の院の下方には、「権現」と標示のなされた岩陰があり、そこにも小祠がまつられている。

権現

奥の院の仏に対する権現という位置づけと思われるが、奥の院と権現は同じ岩体に属しており、これを一括して奥院・奥宮の聖地と考えて良いだろう。

また、聖徳太子が舞い踊る天女に出会ったという、寺縁に関わる「天楽石」と呼ばれる岩石が奥の院としてあるらしいが、それがどれを指すのかが今一つはっきりしない。今のところは、全体をひっくるめたこの一大露岩群を想定しておく。

権現を擁する岩石群の全体

奥の院の上を登ると、尾根上にいたるところに佐々木城跡の石碑が立つ。

佐々木城の城塞としての自然の石垣として、下に属する奥の院の露岩群が多少なりとも利用されたことは想定しておかないといけない。


奥の院の近くには、ほかに「烏帽子岩」「大石垣」「力石岩」「ねずみ岩」の存在が確認されている。大石垣などは、先述の城郭利用のなかでの半自然・半人工の岩石だったことが窺い知れる。

烏帽子岩。すぐ上に大石垣もある。

力石岩は特定できず。付近にある岩石。

ねずみ岩

ところで、観音寺山における岩石信仰の事例は奥の院だけではない。

吉田勝氏が作成した「観音寺城跡曲輪配置見取略図」(1970年作成)によれば、観音正寺の北方には「三国巌」「硯石」、南西には「女良岩」「研石」、そして観音寺山頂上付近には「飛岩」などの存在が図面上に記されている。

この地図にならって踏査したところ、実際に名前と岩石が明らかに一致したのは、観音正寺北方の「硯石」だけだった(立札があった)。

硯石

「三国巌」「飛岩」があるとされる場所近くにも、それと思しき岩石群が見つかっているので、それぞれ「三国巖」「飛岩」に該当する可能性は高い。

三国巖 候補地

飛岩 候補地

観音正寺南西の「女良岩」「研石」については、あまり踏み跡がはっきりしていない山中にあり、はたして自然石か、城の石垣か判別のつかない岩石群が分布している。「女良岩」「研石」と特定できる状態ではなかった。


踏査してからすでに20年を経過しようとしているので、写真の撮り直しなども含めて再訪したい場所である。


2021年10月18日月曜日

姨綺耶山長命寺の岩石信仰(滋賀県近江八幡市)


滋賀県近江八幡市長命寺町


姨綺耶山長命寺(いきやさんちょうめいじ)は、伝説上では武内宿禰が来山して、その後、聖徳太子が開基したという古刹。

両者に関わる岩石祭祀事例が複数残るが、現地看板やパンフレットと同等の情報しか集められなかったので、画像のみ紹介する。

六所権現影向石

六所権現影向石


修多羅岩

修多羅岩から


武内宿禰御足跡


聖徳太子礼拝石


2021年10月17日日曜日

神谷太刀宮の「磐座」と剣岩(京都府京丹後市)


京都府京丹後市久美浜町


八幡山の裾部に「磐座」と呼ばれる岩の群れが残る。
いつから「磐座」という名前が定着したのかは不明である。

境内社の八幡神社に隣接して岩が集積する。

現地看板によると、かつては女人禁制だったとのこと。

「磐座」の最奥部。

近年、「鬼滅の刃」の「聖地」としてとみに取りざたされる。
地元での働きかけも手伝ってのことだろう。

「鬼滅の刃」の岩、京丹後に? 聖地化目指して保存会:朝日新聞デジタル

「太刀」で「割れ目」なので、鬼滅の刃と相性が相当良いのだと思われる。

しかし社伝となっている、大己貴命が太刀で岩石を斬って割れ目が生まれたという「剣岩」は、この「磐座」群の場所ではなく、神谷神社境内に別に垣に囲われて存在するらしいので注意が必要だ。
すでに、「磐座」を「剣岩」のことだと勘違いしている人も多いのではないか?
(私も誤解していた)

参道も歩いたつもりだったが、剣岩は積雪で見落としたか…


剣岩のほうが太刀宮としての伝承はもちろん、鬼滅の刃にも親和性の高い岩なので認知度がもっと上がってもいいものだが、「磐座」のほうが「巨石」なので、そこは「映え」の問題なのだろう。


また、平成27年以降は現地看板に、「割れ目の隙間からさす朝日の角度で、田植えなど農作業に適した時期を知ることが出来たと伝わり」(前掲記事)という旨の説明文が加わったらしいが、「伝承」としてはあまり聞かない類の話のため、典拠が気になる。
いつの何という文献に、あるいは、誰が伝えたのかの明記が必要だろう。

さらに、地元では太陽観測施設説の観点から独自研究を進めている郷土史家の方もいるらしいが、研究であるなら研究者名としかるべき論文を確認したうえで、その先のPR活動などはなされるべきだろう。


鬼滅の刃にしても、巨石太陽観測施設説にしても、ローカルな岩石信仰を一種のグローバリズム的発想で上書きしてしまう危険性がもっと知られてもいいと思う。

本来のありかたがわかりにくくなってしまうことと、外部の発想の影響によって歴史が少なからず変節してしまうことに、地元の方のなかで問題提起される方が今後登場することを願っている。
その点において、いろいろと現代的な問題が詰まった場所として、今後の動静も含め注目している。


なお、神谷神社の旧地は西方の久美浜町神谷にあったという説があるので、太刀宮の「磐座」を延喜式内の神谷神社と関連させるのは慎重でありたい。
(ただし、太刀宮自体の創建も奈良時代に遡る社伝は有しているので、「磐座」を太刀宮の祭祀の系譜に位置付けること自体は問題ではない。「磐座」が存する場所は八幡山および八幡神社の名を冠していることも留意)


参考文献
下記サイトには、神谷太刀宮に関する文献記述が豊富に収集されている。


関連記事(「鬼滅の刃」聖地事例)
天乃石立神社と一刀石(奈良県奈良市)

2021年10月10日日曜日

宗像大社辺津宮の高宮祭場(福岡県宗像市)

福岡県宗像市田島 宗像大社境内


昭和30年(1955年)8月14日の日記で、大場磐雄氏はこう記している。

「下高宮の磐境附近において上高宮の古墳を遠望す、この地より滑石製臼玉、円板、馬形等の発見を見るを以てこヽにおいて古代祭祀の行はれたるは疑なし、上高宮の古墳がいかなる意味を有するかは大いに考究を要するところなり」
茂木雅博(書写・解説)・大場磐雄(著) 『記録―考古学史 楽石雑筆(補)』博古研究会 2016年

宗像大社の辺津宮には、下高宮と上高宮と呼ばれる2ヶ所の聖地がある。
下高宮の磐境とは、現在「高宮祭場」と呼ばれる下の場所を指す。






しかし、現在のこの岩石を用いた磐境・神籬は、いわゆる沖ノ島祭祀の頃の状態を現代まで忠実に残し続けたものではない。

花田勝広氏「温故知新と回想—宗像二題—」『むなかた電子博物館紀要』第7号 2016年(https://munahaku.jp/wp-content/themes/munahaku/img/kiyou/vol07/pdf/08_kiyo2015.pdf)によると、高宮祭場が昭和30年に古代風に再現整備された場所だったことが記されている。

昭和30年1月に田宮・高宮の土地買い上げられる。高宮の地は、古代・中世の頃まで聖地であったが、整備前は、私有地の畑地や山林となっていた。ここが古代風の祭場として再現された高宮祭場となる。

前述の大場氏の日記のとおり、高宮の一帯からは多量の祭祀遺物の報告があるため、一帯は下高宮祭祀遺跡として遺跡登録がなされているが、どうやら遺構の確認は発掘調査でなされておらず、遺物が表面採集されたことによる散布遺跡としての認定のようである。

つまり、現在ある磐境や神籬のモデルとなった配石遺構が、地中で確実に検出されていたわけではないことに注意したい。


宗像大社は2020年代に高宮祭場から参道の一帯を再整備する方針のようなので、今後の再整備の中で下高宮祭祀遺跡の実態がより原風景に忠実となることに期待したい。
下記文献にも、下高宮祭祀遺跡が「学術調査等を実施していない」旨が明記されており、現在の景観が昭和30年当時の古代祭祀のイメージを越えたものではないことを示している。
(『国指定史跡「宗像神社境内」整備基本計画 第1期【令和2 (2020)年~令和6(2024)年】』宗像大社・宗像市教育委員会 2020年 https://www.city.munakata.lg.jp/w010/munakatajinjakeidaiseibikeikaku.pdf



なお、大場氏は続く8月16日に中津宮が鎮座する大島に渡り、日記で以下のとおり記す。大島頂上には「磐座」に見立てられた自然石があるらしい。

「御嶽山にのぼる。同山は大島最高の山にて頂に御嶽神社あり、その背後に磐座ありという、頂にのぼれば沖の島も遥かに見ゆ、磐座というは一自然石にて5×7m位の磐石なり、傍らにタブの木あり」
(前掲『楽石雑筆』より)


2021年10月3日日曜日

石を使った祭祀儀礼には、どのような種類がありますか?


吉川さんのやっていることがやっとわかりました。地質のほうだと思っていました!


周りの人には、私の趣味が石ということは伝えています。

石が好きと伝えておくと、思ってもみなかった情報を不意にいただくこともあるからです。

しかし、それ以上の自分語りは説明しにくいので控えています。


鉱物や宝石、ときには化石に関するニュースやイベントを○○で見たよという情報をいただくことがあります。

多いのは、ブラタモリで取り上げられたときと、三重県民ということから2021年は三重県総合博物館(MieMu)の企画展「やっぱり石が好き!三重の岩石鉱物」のお知らせもたくさんいただきました。


そのいずれも、石に関心を持っていただいたことを踏まえて、大変ありがたい思いでいっぱいです。

でも、石そのものというより、石と人の関係、とりわけ岩石と祭祀の歴史にやはり真の興味があるのです。


岩石と祭祀(信仰・宗教)というワードの2つが結びつかないことが多いようで、また時には宗教くさいのも敬遠されると考え、神社やお寺でまつられている石、山の中の巨石、奇妙な形をした石とか、相手によって手を変え品を変えイメージのすり合わせをおこないます。


私自身は使わない言葉ですが、最近ではパワースポットやパワーストーンという言葉でイメージしやすくなった面もあります。磐座(いわくら)はまだ通じないですね。

それでも、これらのイメージはどちらかといえば「まつられている岩」のほうで、岩石信仰のもう半分の側面は「石でまつること」、つまり、岩石を使った祭祀儀礼にあります。

まつられている岩に対して、祭祀儀礼の道具に使われている石はさらに地味なのか、伝わりにくく、さらに、文章としてしたためられる場面もそこまで見ません。


前置きが長くなりましたが、ここでは、岩石を使ったさまざまな祭祀儀礼をパターン別に紹介しようと思います。

祭祀という行為は、人が神仏に願いを届けるために、あれこれと働きかけた行動パターンと言い換えることもできるでしょう。

その視点で岩石の祭祀を見つめてみると、岩石をそういう風に使うんだという驚きにあふれています。それはそのまま、人間の心がみんな一緒ではなくて当然だということを表しているんだと思います。

目次別に列挙しました。これ以外の祭祀儀礼のパターンも募集中です。情報をどんどんお寄せください。


岩石を置く

・祭祀対象にする (類例)沖ノ島21号遺跡(福岡県宗像市)

・鎮める・供養する (類例)水枕石(岡山県新見市)

・信仰対象が喜ぶ (類例)大瀬神社の石奉納(静岡県沼津市)

・墓標の代わりにする (類例)大興寺の子生まれ石(静岡県牧之原市) 

・聖域であることを示す (類例)稲荷山神蹟(都府京都市伏見区)

・過去の歴史を偲ぶ (類例)今宮神社の偲石(埼玉県秩父市) 


岩石を積む

・信仰対象が喜ぶ (類例)尾張富士の石上げ祭り(愛知県犬山市)

・鎮める・供養する (類例)恐山の積石(青森県むつ市)

・功徳を積む (類例)岩舟山の賽の河原(栃木県下都賀郡岩舟町)

・自分を清める (類例)富士塚(静岡県富士市)

・子宝安産祈願 (類例)滝尾神社の子種石(栃木県日光市)

・神聖なものを秘匿する (類例)貴船神社の船形石(京都府京都市左京区)


岩石を並べ立てる

・聖域であることを示す (類例)中庄八幡神社の建石(徳島県三好郡東みよし町)


岩石を敷きつめる

・聖域であることを示す (類例)一宮神社の古代祭場跡(福岡県北九州市)

・お産の場所にする (類例)梅宮大社の産砂(京都府京都市右京区)


岩石の上に座る

・座禅・読経・説法・祝詞を読む (類例)身延山の高座石(山梨県南巨摩郡身延町)

・信仰対象が憑依する (類例)賀茂別雷神社の岩上(京都府 京都市北区)

・身ごもる (類例)秀常寺の弘法大師腰掛け子授け石(埼玉県飯能市)

・病気が治る (類例)脚気石神社の脚気石(山梨県甲府市)

・子供の健康につながる (類例)佐久神社の要石(山梨県笛吹市)

・飲食・花見・相撲など集落行事を催す (類例)たいち墓(岡山県和気郡和気町)


岩石をなでる、さする

・病気が治る (類例)頭之宮四方神社のお頭さん(三重県度会郡大紀町)

・霊力を分けあたえてもらう (類例)野宮神社の神石(京都府京都市右京区)

・罪が消える (類例)石老山の文殊岩(神奈川県相模原市)

・子宝安産祈願 (類例)安産もたれ石(滋賀県高島市安曇川町)


岩石に抱きつく

・子宝安産祈願 (類例)岩角山岩角寺の懐胎石(福島県本宮市和田東屋口)


岩石を腰に挟む、巻きつける

・鎮める (類例)鎭懐石八幡宮の鎭懐石(福岡県糸島市)


岩石を動かす

・雨が降る (類例)御座石神社の雨乞石(秋田県仙北市)

・信仰対象の意思に基づいて動かす (類例)石神社の石神(愛知県岡崎市)

・岩石の祟りを鎮める (類例)弁慶石(京都府京都市中京区)

・村に持ってきて信仰対象にする (類例)国津神社の白石(奈良県奈良市)

・自分の力を誇示する (類例)藤森神社のかへし石(京都府京都市伏見区)

・吉凶を占う (類例)湯宮神社の動き岩(長野県下高井郡山ノ内町)


岩石を持ちあげる

・病気が治る (類例)今宮神社の阿呆賢さん(京都府京都市北区)

・吉凶を占う (類例)ためし持ちの石(福井県三方郡美浜町)

・自分の力を誇示する (類例)江島神社の力石(神奈川県藤沢市) 


岩石を叩く

・雨が降る (類例)龍石(富山県魚津市)

・念仏の調子をとる (類例)青龍寺の念仏石(京都府京都市東山区)

・吉凶を占う (類例)元伊勢内宮皇大神社のカネの鳴る石(京都府福知山市)


岩石を割る

・吉凶を占う (類例)破磐神社のわれ岩(兵庫県姫路市)


岩石を投げる

・祭祀場を決める (類例)三女神社の三柱石(大分県宇佐市)

・吉凶を占う (類例)石刀神社の胴体岩(愛知県一宮市)

・供養する (類例)朝比奈地区の石投げ(静岡県志太郡岡部町)

・子宝祈願 (類例)礫石(三重県飯南郡飯高町)


岩石を拾う

・奉納物に使う (類例)石取祭における町屋川の栗石(三重県桑名市)

・魔除厄除に使う (類例)水見色地区のハマゾウジ儀礼(静岡県静岡市)


岩石を持ち帰る

・子宝安産祈願 (類例)石體神社の石塔(鹿児島県霧島市)

・お守りにする (類例)笠森稲荷の赤石(静岡県磐田市)

・祭祀対象にする (類例)川上山若宮八幡神社の御石・お返り石(三重県津市)


岩石の一部を欠く

・お守りにする (類例)猫石(神奈川県三浦市)

・飲み薬にする (類例)釜壇の石(神奈川県横浜市)

・別の祭祀場に転用する (類例)劔主神社の白石(奈良県宇陀市) 

・火打石にする (類例)甑石(愛媛県松山市)


岩石にたまった水をすくう、かきまぜる、入れかえる、増減を見る

・雨が降る (類例)石船神社の大石(茨城県東茨城郡城里町)

・病気が治る (類例)いぼ石(岐阜県恵那市)

・吉凶を占う (類例)大師の硯石(奈良県山辺郡山添村)


水をかける、水に漬ける

・雨が降る (類例)猪田神社の雨石(三重県伊賀市)

・雨を止める (類例)猪田神社の晴石(三重県伊賀市)

・岩石を清める (類例)こだま石神社のこだま石(静岡県榛原郡川根本町)

・病気が治る (類例)花の窟神社手水所脇の丸石(三重県熊野市)

・信仰対象が喜ぶ (類例)母智丘神社の陰石(宮崎県都城市)

・岩石の祟りを鎮める (類例)三島神社の竜宝石(愛媛県四国中央市)


岩石の上で何かを燃やす

・吉凶を占う (類例)ナギガエシ儀礼のマスカケ石(石川県小松市)

・雨が降る (類例)笹ヶ岳のヨイッサン(三重県伊賀市)


岩石の上に登る

・修行 (類例)本宮山のめいめい岩(愛知県豊川市)


岩石の上に立つ

・足が丈夫になる (類例)晴明石(神奈川県鎌倉市)

・子供の健康につながる (類例)七日子神社の小児寿福石(山梨県山梨市)

・修行 (類例)伊吹山の行者岩(岐阜県不破郡関ヶ原町~滋賀県米原市)

・雨が降る (類例)押戸石山の押戸石(熊本県阿蘇郡南小国町)

・遥拝する (類例)拝ヶ石(熊本県熊本市)

・人を集める (類例)貝吹山の貝吹岩(京都府木津川市)


岩石から岩石の間を歩く、飛びうつる

・吉凶を占う (類例)地主神社の恋占いの石(京都府京都市東山区)

・修行 (類例)大峯山の両童子岩(奈良県吉野郡天川村)


岩石の周りを回る

・願いを叶える (類例)知恩院の瓜生石(京都府京都市東山区)


岩石をまたぐ

・子宝祈願 (類例)梅宮大社のまたげ石(京都府京都市右京区)


岩石の割れ目や岩穴をくぐる

・吉凶を占う (類例)神行堂山の巨石(宮城県本吉郡南三陸町)

・聖域であることを示す (類例)太郎坊宮の夫婦岩(滋賀県東近江市)

・禊祓となる (類例)立石寺の胎内くぐり(山形県山形市)

・健康祈願 (類例)姥宮神社の胎内くぐり(埼玉県児玉郡寄居町)

・縁結び祈願 (類例)岩角山岩角寺の胎内くぐり(福島県本宮市)

・安産祈願 (類例)筑波山の母の胎内くぐり(茨城県つくば市)


岩石のなかで死ぬ

・葬る (類例)仙ヶ岳の仙の石(三重県亀山市)


岩石に仏を刻む

・祭祀対象にする (類例)岩面大仏(岩手県西磐井郡平泉町)

・功徳を積む (類例)石山観音(三重県津市)


岩石に文字を刻む、書く

・祭祀対象にする (類例)猪子山の烏帽子岩(滋賀県東近江市)

・鎮める (類例)小夜の中山の夜泣石(静岡県掛川市)

・願いを込める (類例)車折神社の祈念神石(京都府京都市右京区)


岩石の上に物品を置く、立てかける、貼りつける

・信仰対象が喜ぶ (類例)伏見稲荷大社の御饌石(京都府京都市伏見区)

・霊力を分けあたえてもらう (類例)建鉾山の建鉾石(福島県白河市)

・奉納物を清める (類例)鮭神社の俎石(福岡県嘉麻市)

・神輿の一休み (類例)賀茂神社の休め石(群馬県桐生市)

・魔除厄除に使う (類例)送り狼石(奈良県山辺郡山添村)

・信仰対象が憑依する (類例)榛名神社の御姿岩(群馬県群馬郡榛名町)

・縁切り・縁結び祈願 (類例)縁切り・縁結び祈願石(京都府京都市東山区)

・雨が降る (類例)鍋石(静岡県浜松市)


岩石に物品を収納する

・信仰対象が喜ぶ (類例)山王神社の夫婦岩(京都府京都市右京区) 

・霊力を分けあたえてもらう (類例)岩蔵の大岩(東京都青梅市)

・鎮める・供養する (類例)恵北高椅神社の包丁塚(岐阜県中津川市) 

・経塚にする (類例)蓬莱山遺跡(和歌山県新宮市)

・祭祀対象を安置する (類例)枡形岩(奈良県山辺郡山添村)


岩石をくりぬく

・祭祀対象を安置する (類例)竪破山の堅破和光石(茨城県多賀郡十王町)


岩石を蓋代わりにする

・下に道具を納める (類例)火振遺跡(静岡県伊豆市)

・鎮める (類例)多倍神社の首岩(島根県出雲市)


穴の開いた岩石を選ぶ

・病気が治る (類例)荒滝観音堂の耳石(山口県宇部市)

・遥拝する (類例)覗き石(高知県高岡郡檮原町~愛媛県上浮穴郡久万高原町)


岩石の上に仏像や寺社を築く

・台座にする (類例)長谷寺の金剛寶磐石(奈良県桜井市初瀬)

・鎮める (類例)大甕倭文神社の宿魂石(茨城県日立市)


岩石を磨く

・鏡面を保つ (類例)金鑽神社の鏡岩(埼玉県児玉郡神川町)


岩石を真綿や和紙で包む

・神聖なものを秘匿する (類例)こだま石神社のこだま石(静岡県榛原郡川根本町)


岩石に藁の鉢巻をかける、正月飾りをする

・病気が治る (類例)オコリ石(青森県東津軽郡平内町)



2021年9月26日日曜日

金大巌と日吉大社の岩石信仰(滋賀県大津市)


滋賀県大津市坂本


日吉大社の概要


日吉大社は、全国3800社を越える日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮に位置付けられている。

日吉大社の構成は、大きく東本宮と西本宮に分かれる。

東本宮は、日枝山(比叡山)の山の神である大山咋神を祭神として、西本宮は天智天皇7年(668年)大津京鎮護のために大和国大神神社から分霊した大己貴神を祭神とするもので、それぞれ信仰の出自を異にする。


金大巌(こがねのおおいわ)


日吉大社は比叡山の東麓に鎮座する。ただ、比叡山は比良山地と呼ばれる一大山塊であり、日吉大社の裏山は比叡山の山の端と言って良い。

その端山としてそびえるのが、標高378mの八王子山(牛尾山・波母山とも)で、日吉大社の信仰においては神山として尊崇の対象となっている。

その理由にもなっているのが、この八王子山の頂上やや下の山腹斜面に露出する「金大巌」の存在だ。

麓から九十九折の山道を約20分で到着。

金大巌

岩の視点から麓を望む。

琵琶湖の対岸に近江富士(野洲・三上山)が目立つ。

金大巌と共伴する三宮・牛尾宮

左右に三宮・牛尾宮の二社殿を配し、その中央に自然の一大岩盤が広がるという、他例のない景観構図を見せる。

岩肌は広大・平滑で東に面しているため、朝日が反射して金色のように輝く様子からこの名がついたといわれる。


考古学者の兼康保明氏が著した「比叡山横川源流考」(2020年)ではこの金大巌を大きく取り上げており、参考になる所見が多々見られるため紹介したい。


まず、兼康氏の調査によると、金大巌は天正10年(1582年)成立とされる『日吉社神道秘密記』に「金の大巌」の名称が登場し、金の大巌には比叡大明神が八十万神を率いて「天降」した由来が記されるという。

この記述に基づけば、金大巌は神が降臨した磐座の典型的な内容を伝えていると言って良い。


ただし、兼康氏は考古学的見地に立ち、この伝承がいつまで遡りうるものか、いわゆる祭祀遺跡などの考古資料から裏付けることは現段階では難しいと判断している。

考古資料としては、金大巌に隣り合う牛尾宮の斜面地から平安時代中期(11世紀後半)の土師器小皿が採集されており、平安時代における人足は確認できるが、それが即、祭祀遺物と認定できるわけではないし、たとえば社殿建立以前の原始信仰を証明するものでもない。


次に、兼康氏は金大巌周辺の古墳分布から興味深い指摘をおこなっている。

日吉大社周辺には、約70基の日吉古墳群という古墳時代後期(6世紀中~7世紀初)の群集墳が存在している。
この日吉古墳群の分布について、次の特徴をもつとのことである。


  1. 大山咋神をまつる東本宮の区域には古墳が確認されていない(削平された可能性は否定しない)。
  2. 西本宮の区域には古墳が存在している。
  3. 八王子山の上のほうには古墳がなく、山麓から高くても標高180~190mの山裾と言って良い範囲で分布している。
  4. 比叡山の別の山では、標高350m前後の立地にも古墳群が確認されており、八王子山は山の高い所に古墳を築造しないという傾向が認められる。


以上の点から、兼康氏は「八王子山に古墳が築造されなかったのは、単に地形や標高差によるものではなく、山上に磐座があって、山を神体として拝する場所には、古墳を造らないとする規制のようなものがあったのではないかと思われるのである」(兼康 2020 p.126)と述べている。

また、兼康氏は八王子山の中で参籠寺院として創建された日吉神宮寺が、金大巌の地点を避けるように、日吉大社側から山を巻いて山の西側に庵を結んだ点を踏まえて、当時、まだ金大巌はおいそれと近づいてはいけない場所だったのではないかという仮説を提示している。


これらの指摘は、私がかねてより研究テーマの一つに置いている「古墳と岩石信仰の同居/非同居」や「山麓だけでなく、山腹や山頂直下における岩石祭祀の存在」などの論点(詳細は拙著『岩石を信仰していた日本人』参照)と響きあうものであり、大いに参考となる事例と考えている。


日吉大社の岩石祭祀事例


金大巌は日吉大社の岩石信仰の象徴的な存在だが、山麓神社境内にも複数の岩石祭祀の事例が知られる。

まずは東本宮の事例から紹介しよう。


■ 夢妙幢岩

いい夢を成就させ、悪い夢を消滅させてくれると由来の付された岩石。

妙幢菩薩の名もあるように、多分に仏教影響下の名称と思われるが、どのような沿革による信仰であるかは情報収集不足である。

夢妙幢岩


■ 猿の霊石

猿の顔に見えるという岩石。日吉信仰が猿を神使に位置付ける点からも霊石としての神聖視に至ったのだろう。具体的な霊性は不明。

看板には「この上に石を乗せないでください」とあるようだが、過去に何かがあったかと想像される。

猿の霊石


■ 船岩/天の磐船

天照大神と素盞鳴命が誓約をして産まれた五男三女神が、この地に降臨するときに用いた磐船という。

船形の外観から、神話的背景で説明するように後世付会したものと類推される。

船岩/天の磐船

次に、西本宮の事例である。


■ 大威徳石

仏法を守護する大威徳明王が宿る霊石という。

大威徳石

■ 祇園石/目洗石

牛頭天王が宿るといわれる霊石。石の窪みに溜まった水で目を洗うと良いという。

祇園石/目洗石

■ 雪丈岩

平安時代末のある夏、広長という人物が境内にて白山の神を私的にまつっていた。

これを知った天台座主が止めさせようか迷っていたところ、その夜に夏であるにも関わらず雪が積もったことから、これを霊験とみなし境内白山宮の祭祀が正式に始まったという。岩の高さは、その時降った雪の高さに値するという。

白山宮の本殿と拝殿の間にあるが、探訪時は存在を知らず見落とした。



参考文献


2021年9月19日日曜日

上ノの岩上神社(兵庫県宍粟市)


兵庫県宍粟市山崎町上ノ


山間部の集落、上ノ(かみの)と呼ばれる地区の北部に岩上神社が鎮座する。

宍粟市では他地区にも岩上神社があるため、便宜上、上ノの岩上神社と題して区別した。


社殿に隣接して、一大岩塊がまつられている。

岩上神社社殿

岩上神社の社名の由来となったと思われる岩(大岩/磐座と記されることもあり)

岩の下を潜るように階段と橋が架けられている。

岩に接して伊沢川が流れる。

元禄5年(1692年)成立の社記『岩上大明神縁由記』(都多岩上大明神縁由記とも)が残るらしく、「岩上」の名を江戸時代まで遡らせることができる。

また、暦応4年(1341年)に当社が勧請されたといわれるが、その伝承には大きく2つのパターンがあるようだ。

  1. ある行者が、岩から光を発しているのを見て、里の人に社を建てるように伝えて勧請に至った。(現地看板より)
  2. 岩上に薬師如来が立ち、社を建てるように霊夢があったので勧請した。(兵庫県神社庁ホームページより

2番目の伝承では、岩石は薬師如来が立つ台座石であり、「岩上=岩神の転訛」とみるより「岩上=字のとおり岩の上に信仰対象がいる」という意味で理解したほうが良い事例と言える。


さらに、現地看板には「点在する岩石は此神眷属の座石とも言われている」と記されている。

たしかに、境内周辺には多数の露岩が点在しており、それぞれが岩石祭祀の事例と考えて良い。

岩上神社境内1

岩上神社境内2

岩上神社境内3

岩上神社境内4

「座石」ということは、これらの岩石群は信仰対象そのものというより、信仰対象が座す聖なる祭祀施設なのだと解される。

主たる岩石の周囲の岩石群を眷属とみなす発想は、『出雲国風土記』に登場する楯縫郡神名樋山の石神と小石神の関係や、『日本文徳天皇実録』に登場する大洗磯前神社の怪石と小石の関係を想起させる。


そのほか、岩上神社の近くで見かけた旧跡を紹介する。

「岩井谷」と札が下りた谷を遡上してみた。

岩井谷の小落差

岩井谷の水源奥

岩井谷の両尾根にも露岩が散在する。

「深山口の淵」の看板を見かけたので、川下を見ると…

通称、垢離取淵と呼ばれる岩上神社の禊場。

「磐窟と不動明王」の看板が立つが、雪中で踏み跡がわからず踏査を控えた。

岩上神社境内の夫婦杉(県指定天然記念物)