2022年5月30日月曜日

掲示板過去ログ 2006年~2022年


2001年~2022年運営していた掲示板の投稿を保存します。
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2022年5月29日日曜日

青島の岩石祭祀事例(宮崎県宮崎市)


宮崎県宮崎市青島


投瓮所の磐境



ハチの巣状に穴ができた大小の岩石などを、おそらく一か所に集めた場所。

素焼きの皿(天の平瓮)を磐境に向かって投げて、その結果によって神占となる祭祀から、投瓮所(とうかじょ)の名がある。同県の鵜戸神宮にも類似の祭祀が知られる。

この祭祀および磐境の起源は情報収集不足につき不明である。

青島神社元宮の社殿背後にあり、境内として立ち入れる範囲では最奥部に位置する。


真砂の貝文の波状岩




青島の浜辺で拾った貝殻を、この岩石の上に供えること(真砂の貝文)で祈願となる祭祀。

看板には波状岩と名称があるが、青島一帯の奇岩形状を普通名詞的に波状岩と呼んでいるため、当岩石の固有の名称と言えるかは不明点もある。

また、万葉の古事を引くが磐境と同様に、起源については情報収集不足である。


石神社のおもかる石



境内摂社の石神社(いそじんじゃ)の社頭に安置されている。

石神社は山の神とされ、祭神の一柱に磐長姫命をまつるが、そのことと手前のおもかる石との関係は不明。

以上、青島神社の3つの岩石祭祀事例は、いずれも祭祀の時に施設や道具など、祭祀の媒体として用いられる事例群と言える。


鬼の洗濯板




国天然記念物「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」。

青島のみならず、その南に続く日南海岸にわたり広範囲に見られる。

「鬼の洗濯板」の通称のほか、奇岩景勝としての岩石はそれだけでは祭祀事例とは言えない。しかし本例は青島神社の神域に属すため、時代によっては、自ずからその奇形が神聖性を醸成する一因につながっていた可能性も想定される。


2022年5月23日月曜日

岩倉神社(愛知県新城市)

愛知県新城市有海 字 小呂道(ころみち)


創建不詳とされ、調べたかぎりでは記録・情報がほとんど見当たらなかった。
社殿背後に岩塊をまつる。




岩塊の周囲に露岩は一見見当たらない。


2022年5月15日日曜日

荒尾の亀石/亀岩(愛知県北設楽郡設楽町)


愛知県北設楽郡設楽町荒尾


設楽町指定天然記念物。

登り口から比高差20mほどの小高い丘を登り切ったあたりにあるが、登り口に案内地図などがないため、アクセスルートを紹介する。

亀石の登り口

Googleマップに表示したとおり、車道沿いに上写真の非舗装の分岐道を見つけたら、そこが亀石の存在する丘である。路肩駐車は普通車でも可能だが、作業用トラックなども出入りする道のため配慮が必要だ。

写真中央の丘の上に亀石がある。

ちょうど上写真の正面の丘がそれである。

特に明瞭な道はなく、頂上に向かって登って行く。

写真の向きから言うと、頂上そのものではなく頂上やや左(東)の山頂直下を目指して登れば見つかりやすいと思う。




亀石の現地には標示が立っており、「砂岩の露頭の一部分が差別浸食され、硬い部分が亀の形のように残った自然の妙ともいえる大変珍しい石である。」とある。

探訪時は、設楽町旧名倉村域の岩石信仰調査の一環で大谷大学の鈴木寿志教授に同行いただいたが、亀石は名倉村域から外れるため本記事で紹介する。

鈴木教授の現地観察所見によれば、岩石の種類は粗粒砂〜細礫を含む塊状無層理の砂岩で、亀の頭と周囲の窪みがどのように形成されたかは、日没間際で短い時間だったこともあり判断を保留されていた。


亀の頭の下を支えるように別の石が挟まっているのが確認できる。

鈴木教授は、人工的に一部補修した可能性も指摘されていたが、このあたりも確定情報ではないことを了承されたい。



亀の頭の裏側斜面に回ると、そこには洞穴上の窪みが開いており、洞穴入口に「亀岩」の二字が刻まれていた。

字の刻みはおそらく近現代の所産と思われ、現在は「亀石」の名称が公式だが、当時は「亀岩」で呼ぶ人も多かっただろうことが想像される。




また、亀石の南東に隣接して上写真のオーバーハングした岩陰が存在する。

岩陰の中央には、平たい石を直方体状に石積みしたものがあり、これが何を指すかは情報収集不足でわからなかった。

現状として、祭祀に用いられているような様子は確認できなかった。

丘の頂上

亀石の丘を登り切ったところには上写真のようなベンチが残っていた。

観光地化されていた時期もあっただろうことが窺われるが、先述のとおり現在は整備が行き届いていない印象を受ける。

まさに奇石であるので、せめて登り口に案内看板が設置されることを願っている。


2022年5月3日火曜日

三河大石(愛知県新城市)


愛知県新城市副川大石平





地名(大石)にはなっているものの、岩石をまつった跡や、岩石にまつわる物語は特に聞かれない。なぜだろう。

里にある巨石で、なぜ「ない」ほうに転ぶのか、そのことが興味深い。


大きいだけでは、物語の成立要件にはならないのか。

それとも、私が知らないだけであるのか、あったのか。

あるのなら、なぜその情報は皆に拾われ、紹介のメインストリームに躍り出ないのか。

過去にはあったのなら、なぜ、語り継がれず断絶したのか。

地名として残ることと、押しも押されもせぬ巨石ぶりであることと考えあわせると、深い問題を含むように思われる。



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