2018年12月26日水曜日

磐座(いわくら)とはどういう意味ですか?

これはよく出る質問です。

現在、世間に磐座(いわくら)という言葉が氾濫しています。
この氾濫は最近になっての話ではなく、私が調べた限りではここ80年ぐらい、磐座という言葉が勘違いされてきた節があります。

上写真の場合、本来の名称は「磐座」ではない(滋賀県東近江市能登川町)


古く1933年、奈良県桜井市大神神社の宮司だった遠山正雄氏が「いはくらについて」という論文を発表しました(『皇学』第一巻第二号)。古い時代の話です。

この論文で、遠山氏は磐境も神籬も磐城もすべて「いはくら(いわくら)」と呼ぶべきだという主張をしました。
祭りや宗教に関わる聖なる石をすべて磐座とひっくるめてしまう風潮は、この辺りから始まったと思います。

この主張に対しては、後年、國學院大學教授の大場磐雄氏によってその主張の誤りが具体的な論証の末指摘され、乱暴な主張であったことがはっきりしています(「磐座・磐境などの考古学的考察」『考古学雑誌』32-8、1942年)。

しかし遠山氏が神社界の大家で影響力の大きい人物だったこともあるのか、はたまた、こういった仔細を無視した主張はシンプルでわかりやすいのか、今でも様々なところで、この類の石をなんでも磐座と呼んでOKとしている現状があります。

大場氏は前掲論文で、磐座などの言葉が濫用されていることを憂えていました。すでに70年以上も前に。
私たちはこの21世紀でも、その過ちをまた繰り返しているのです。

せめてこのページをご覧の皆さまには、歴史学的な研究に基づいた磐座の正しい語義を紹介しておきたいと思います。よろしければおつきあいください。


磐座は「いわ」と「くら」に分けて考える


「いわくら」は「いわ」と「くら」から構成される語です。

かつて「いわ」は、磐石・堅固なものを表す飾り言葉として「いわ」を用いたと解釈する説と、実物の岩石としての「岩」のことだと解釈する説の二説がありました。

前者の「飾り言葉」説の1つに、本居宣長の『古事記伝』があります。
宣長は『古事記』に登場する「天石位(あまのいわくら)」を「天津神が座る堅固な座」と注釈していました。

しかしその後、宣長は自身の随筆集『玉勝間』で後者の「実際の岩」説も提示しました。
平安時代の和歌集である『堀河院後度百首』の中に「いこま山 手向はこれか 木の本に 岩くらうちて 榊たてたり」という歌があり、これを「木の根元に、岩で作った榊の祭場」と解釈したのです。
「いわ」が実際の岩石に由来するとする後者の説に訂正したことになるでしょう。

その後、前述の大場磐雄氏が前掲論文で、磐座の語義を研究史から洗い出しました。

古典上での用例と、全国各地の実例を列挙した結果、「磐座」と呼ばれるものの多くが実物の岩であることから、「いわ」は実際の岩を意味すると結論付けました。
「くら」については、「御座石」「御座岩」「石床」「石占」などの類語から、これらはいずれも神々が石に座す観念から起こったものであると考え、神が占める座という意味を持つと論じました。

すなわち、「いわくら」とは「岩座」であり「神が座る岩石」。
大場磐雄氏以後、現在に至るまで、あらゆる学者が大場氏のこの解釈を支持してきていることを私も確認してきました。

磐座は神そのものではないということが注意点ですね。神そのものである石は「石神」(いしがみ)と呼んで、別の概念になります。
研究史に照らし合わせると、祭りや宗教に関わる聖なる石をすべて磐座と呼ぶ巷間の流布は誤りであることがわかります。


「磐座」という漢字に縛られないこと


私がもう少し踏み込んで付け足すなら、そもそも磐座という表記で統一することが、あまり適切ではないと思っています。
たとえば「いわくら」という読み方をする表記は、次の用例があります。

  • 石位・・・『古事記』
  • 磐座・・・『日本書紀』『延喜式祝詞』
  • 石座・・・愛知県新城市 石座神社、京都府左京区 石座神社
  • 石坐・・・『風土記』『長谷寺密奏記 裏付』
  • 岩座・・・広島県安芸高田市 天ノ岩座神宮
  • 岩坐・・・京都府京都市山科区 岩坐(諸羽神社)
  • 岩倉・・・静岡県伊東市 八幡宮来宮神社旧社地「洞の穴」(岩倉の地名を持ち、伊波久良和気命をまつる)、京都府京都市左京区岩倉(石座神社御旅所 山住神社)、岡山県倉敷市 岩倉神社、熊本県山鹿市 岩倉さん
  • 磐倉・・・愛知県新城市 磐倉大明神(石座神社)
  • 岩蔵・・・東京都青梅市 岩蔵、京都府舞鶴市 岩蔵(岩室稲荷神社奥の院)
  • 石蔵・・・兵庫県相生市 石蔵明神(磐座神社)
  • 『天正十八年本節用集』では、1字で「いわくら」と読む総画数53画の難字が収録されています(参考リンク:和製漢字の辞典:巻5)。これは「岩」「石」「聞」を組み合わせた字になっています。


そもそも、『古事記』『日本書紀』は万葉仮名表記からスタートしています。
磐座という表記だけを押し出すということは、他の表記を切り捨てることになってしまいます。

「でも、漢字は当て字だから、そこまで重視する必要はないのではないか?」と見る向きもあるでしょう。

しかし、漢字はすべてがすべて、適当に当てていると決めてかかるのは乱暴で、それは当時の人々の細かい心の機微を切り捨ててはいないだろうかと思うのです。

「くら」に「座」を当てた人と、「倉」を当てた人の意識の違いは、本当に一緒でしょうか。意識の差を考えなくてよいのでしょうか。


すこし細かい話をします。
上の表記用例をざっくりと分類すると、「位」「座」「坐」と当てる「座席」グループと、「倉」「蔵」と当てる「倉庫」グループに分けることができます。

神の宿り方という視点で考えた時、神が岩石の上に降り立つという「座席の構図」を持つのか、岩石の中に入りこむという「倉庫の構図」を持つのかには、意識の差があります。

ということは「座」という感じのイメージは神の宿り方としては一面的で、座る以外にも入る、憑依するなど、岩石に対して多様な神の宿り方があることに注意してほしいです。
そして、実際に各事例の伝承に照らし合わせると、石を椅子のように用いている「いわくら」と、神殿や住まいのように用いている「いわくら」の両方を見つけることができるのです。
(長くなるのでここではその1つ1つを取り上げませんが、詳しくは「岩石祭祀事例表」を参照ください)


「イワクラ」という表記への懸念


ところで、近年、イワクラ(磐座)学会によって新たに「イワクラ」の概念が提示されていることをご存知でしょうか。

イワクラ学会が主催するイベント「イワクラサミットin宮崎」の冊子(2005年発行)において、「イワクラ」は「大事なものを込めている岩」の意であることが提示されました。

イワクラ学会は、国際語としてこの「イワクラ」を普及しようと活動を行っています。

「イワクラ」は、世の中の大切にされている岩石すべてを包括することができる用語です。
神に関わらなくてもOKなのです。現代建築や記念碑・モニュメント、個人が収集している石のコレクションや盆石などでもイケるでしょう。
これは、従来提示されたことがなかっただけに有用な概念と言えます。

しかし、これまで述べてきたように、「いわくら」が持つ元来の語義「神が宿る岩石」とは混同しないように使用していってほしいと切に願います。

正直に言うと、古典の「磐座」と「イワクラ」の音が同じだけに、紛らわしいことこの上ないですが。
なぜ、音を同じにしてしまったのか。

ただでさえ、約80年前から誤解されてきた「いわくら」の語が、さらにこの新概念である「イワクラ」の登場により、後世、混乱に拍車をかけないかと懸念する一人が私です。

いや、すでに、混乱に拍車がかかっているのではないでしょうか?
この議論に疑問を持たない方がおられることを理解しています。それはイコール、「磐座」が「イワクラ」という新しい歴史に塗りかえられた瞬間だと思っています。

「この石は古くからイワクラと呼ばれております・・・」「この岩はイワクラですね」など、安易に歴史を断定している現実があり、心を痛めています。
その石は、その瞬間、歴史を変えられたことになりますが、断言した本人にその自覚は薄いのが現状です。
数十年後、どの岩石が旧来からの磐座で、どの岩石が新しく作られた「イワクラ」なのかが混在してしまう未来が見えます。
大げさに書いたかもしれませんが、私にはそれほどの危機感があるので、少なくともこのページだけでも警鐘を鳴らしておき、ご覧になられた皆さまの口承に託したいと思います。
(みなさまが周囲の方に伝える話はすべて未来の口承となっていくはずです)

言葉自体の歴史を調べ、本来の語義を尊重することも歴史研究であり、歴史を大切にする姿勢なんだという問題意識を、1人でも多くの方に持っていただけると幸いです。


まとめ


長くなったのでまとめます。

「いわくら」は「神が宿る岩石」。

神の立場から見ると、「祭祀の時、人と交流するために一時的に座る、あるいは入りこむ岩石」。
人間の側から見ると、「祭祀の時、神を迎えるために用意する岩石」。

誤解しないように気をつけなければならないのは、「いわくら」は神そのものではなく、神が宿るために準備される施設・装置・道具なのだという点。この認識を見誤らないようにしたいですね。


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