2018年12月30日日曜日

岸宮遺跡(和歌山県紀の川市)



和歌山県紀の川市貴志川町岸宮

鳩羽山(標高265.4m)の東にそびえる250mピークの山頂と、その山腹・山裾の計3ヶ所に分布する祭祀遺跡を、岸宮遺跡(岸宮祭祀遺跡)と総称している。

山頂には「タテリ岩」、山腹には中宮遺跡、山裾には貴志川八幡宮がある。

実質的な考古学の遺跡は、山腹の中宮遺跡である。
中宮遺跡では昭和33・34・49年の3度に渡り発掘調査が行なわれ、環状配石・敷石・井戸遺構と和鏡・鐸形銅製品・魚形銅器・滑石製有孔石製品・土師器・須恵器・黒色土器・瓦器・緑柚陶器などの遺物が出土した。
遺物の大半は土師器が占め、遺物の製作時期は奈良時代~平安時代の期間にわたると考えられている。

岸宮遺跡の東方山腹には具足壷古墳群(7基)、西方山腹に七つ塚古墳群(13基)、上瑞古墳(1基)が存在し、いずれも墳丘規模・石室規模・遺物の内容などから古墳時代終末期(7世紀)の築造と考えられ、祭祀遺跡との関係性が興味深い。

タテリ岩/一の宮(山頂)


山頂に「タテリ岩」と呼ばれる高さ5.5mの蛇紋岩がある。

岸宮遺跡

岸宮遺跡

康平6年(1063年)、ここに最初に宮を建てて一の宮と称したとの貴志川八幡宮の社伝が残る。
貴志川八幡宮信仰の淵源に位置付けられる存在だが、今のところ遺物は見つかっていない。
現地は樹木が繁茂していても見渡しの良い眺望である。

岸宮遺跡

中宮/中の宮/上の宮(山腹)


康平6年(1063年)に一の宮を設けた30年後、山の中腹に遷座して上の宮と称したといわれる場所。

『紀伊続風土記』(1839年)には中腹に「中宮」の字があり、現地には多くの岩群が現存する。
この岩群の西に接して、環状配石・敷石・井戸の3種の遺構が出土した。

岸宮遺跡

岸宮遺跡

岸宮遺跡

環状配石遺構は、20数個の角礫を直径約1.5mの環状に巡らせたもので、石同士は粘土で固定され、配石内部は石敷きがされていた。
この環状配石遺構の西に隣接して敷石遺構が広がっており、両遺構は相互関連する働きがあったことが窺える。
環状配石遺構から1mほど東に離れて井戸遺構があり、常時水が溜まっていた。

敷石遺構東端から約6m離れた巨石の上面から和鏡、岩陰から鐸形銅製品が見つかっており、人為的遺構だけではなくそれを取り巻く一帯の岩群も祭祀の場として機能していたと推測される。

岸宮遺跡の岩群、そしてタテリ岩にかけては古墳がなく、この岸宮遺跡の一帯を回避するように東西の山腹で群集墳が築造されている。
石材入手の容易な(中宮の一帯は岩塊が広範囲に散乱している)岸宮遺跡に古墳を設けず、そこが岩石祭祀の場となっていることに、私は葬送儀礼と山の神祭りの使い分けのようなものを想起させる。

貴志川八幡宮(山裾)


社殿前の石段脇にある石の群れは安土桃山時代の製作の「前庭」「庭園」などと呼ばれているが、元々は山裾の磐座に手を加えたものとする説もある。
しかし具体的な根拠がある様子でもなく、正直なところ、説得力には欠けている。

岸宮遺跡

岸宮遺跡

貴志川八幡宮の社伝は、山頂→山腹→山裾への遷座を語るものだが、現状において遺物が見つかっているのは山腹だけであり、山頂と山裾には遺物の出土がないため、山頂と山裾、どちらが先行する祭祀の場だったかは検討の必要がある。

佐々木高明氏が『山の神と日本人』(2006年)で山宮・里宮研究を分かりやすく整理しており、山頂祭祀と山麓祭祀についてのヒントがあるので紹介したい。
佐々木氏によると、山頂を信仰の淵源とする山宮・奥宮伝承は各地の霊山で聞かれるものの、実際はそういった霊山でも山麓の祭祀(遥拝)が先行し、山頂の宮は山岳仏教の登拝修行の影響を受けて後世に建てられたというケースがあると指摘している。
ならば、岸宮遺跡についても社伝の流れが絶対であるかという点には疑問符がつくことになる。

しかし山中には群集墳があることから、当時の人々がまったく山中に入らなかったということもないだろう。
ということは、山腹の岩群や山頂のタテリ岩の存在も古墳選地の時点で認識していたと考えるのが自然である。

私見では、山中に入る時は「墓所を築き祖先を埋葬する時」や「どうしても大切な願いを届ける時」くらいで、基本は山裾・山麓の祭り場から山を遥拝祭祀するものだったのではないかと思っている。
山中の古墳で埋葬後の墓前祭祀の痕跡が見つかったという話は寡聞ながら覚えがなく、あるのは追葬である。これも山中が頻繁かつ定期的に祭祀を行なう空間として認識されていなかったことを示すものだと思われる。

参考文献

和歌山県史編さん委員会 「岸宮遺跡」 『和歌山県史 考古資料』 和歌山県 1983年

前田敬彦 「岸宮祭祀遺跡」 武蔵古代文化研究会(編)『第2回東日本埋蔵文化財研究会 古墳時代の祭祀-祭祀関係の遺跡と遺物-』《第3分冊-西日本編-近畿・山陽・山陰・九州・発表要旨・文献目録・四国地方》 日本埋蔵文化財研究会 1993年

佐々木高明 『山の神と日本人』 洋泉社 2006年

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