2020年6月14日日曜日

恵利原の鸚鵡石と天の岩戸(三重県志摩市)


三重県志摩市磯部町恵利原

恵利原和合山の鸚鵡石


伊勢志摩には鸚鵡石と呼ばれる岩石が複数知られており、有名なのは度会郡度会町市之瀬の鸚鵡石と、今回紹介する志摩市磯部町恵利原の鸚鵡石(おうむいわ/おうむせき)である。

恵利原の鸚鵡石については、林宏氏の『鏡岩紀行』(中日新聞社、2000年)に詳しくまとめられており、林氏の調査に基づいてエッセンスを紹介する。

この鸚鵡石は、和合山という丘陵にある高さ31m、幅127mの巨岩であり、鸚鵡石に向かって声を出すと鸚鵡返しでまるで石から声が聞こえてくるという奇石として、少なくとも江戸時代から著名な場所だった。

鸚鵡石。和合山を構成する岩盤と言い換えても良い。

鸚鵡石正面。ここで声が反響する。

18世紀後半作と推測される紀行文『笈埃随筆』や、ほぼ同時期の寛政9年(1797年)成立『伊勢参宮名所図会』にその名がある。

『笈埃随筆』では、磯部の御師が和合山を稚日女尊神の神跡と語ったくだりがあり、稚日女尊神が和合山で機織りをしたときにかけた絹かけ松なるものがあると記されている。

『伊勢参宮名所図会』では、鸚鵡石の絵図が描かれ、そこに先述の絹かけ松のほか、はたをり岩、かけ石、聞石の名が明記されている。

かけ石は、声をかける場所にある石のことで、聞石はその声が鸚鵡返しになって鸚鵡石から聞こえてくる場所を指す。

聞石の場所は実質上、鸚鵡石の下部を指していて鸚鵡石と同体である。林氏の報告によると、鸚鵡石の下部の聞石のあたりには鏡面が見られ、その垂直平滑な面に音声が反響することで鸚鵡声となることを説明している。

かけ石は、鸚鵡石からは手前に離れた場所に位置して、現在は「語り場」と呼ばれる建物に位置する。建屋に自然の岩塊がくっついていて、これが かけ石と思われる。

また、はたをり石は、現在、倭姫機織場と標示される場所にある小さな岩穴のことだという。

語り場と聞き場

林氏の考察によると、『伊勢参宮名所図会』に鸚鵡石の手前の祠と鳥居が描かれていないことから当時まつられていなかったと推測しているが、『笈埃随筆』に和合山を稚日女尊神の神跡と御師が流布していることから、祠と鳥居がなくても神聖視されていた可能性は否定できない。
林氏が論じるとおり、伊雑宮の御師が鸚鵡石の神秘を伊雑宮の信仰に活用して、全国に信仰者を増やそうとした動きが認められる以上、鸚鵡石は信仰対象ではないが、聖地であることを示すための霊石として存在したことは認められるだろう。

天の岩戸(恵利原の水穴/滝祭窟)


伊勢志摩には天の岩戸と呼ばれる地も複数ある。
著名なのは伊勢神宮外宮裏の高倉山にある天の岩戸(高倉山古墳石室)、二見浦夫婦岩で知られる二見興玉神社境内の天の岩戸(天の岩屋)、そしてここで紹介する恵利原の天の岩戸である。

天の岩戸は、鸚鵡石から北西へ約4kmの恵利原の端にある。
伊勢国と志摩国の境と言い換えても良いが、ここは逢坂峠と呼ばれ、伊勢神宮から志摩国に抜ける古道でもあった。であるからこそ、この道沿いに天の岩戸や鸚鵡石といった聖地が生まれたのだろう。

天の岩戸は恵利原の水穴という別名をもち、麓を流れる神路川の水源に当たる湧水の岩穴となっている。

天の岩戸(鳥居の奥)

写真ではわかりにくいが、岩穴から沢水が流れる。

天の岩戸の手前には禊滝が流れ、その傍らに手形石と標示のある岩肌がある。何の由来の手形かは調査不足でわからない。さらに川沿いには「お獅子岩」という岩もあるらしいがどれを指すかは不明である。

禊滝

手形石

裏の五十鈴川の異名をもつが、伊勢神宮信仰の強い影響下で当地が天の岩戸に擬せられたということでもあり、原初の信仰がいかようであったかは逆にわかりにくい。

旧来は「滝祭窟」の名で通っていたことが江戸時代の文献などでわかっており、滝祭窟、水穴の名称は登場するが天の岩戸の名称は付記されていない。天の岩戸は現代の付会と言える。

「雌の鸚鵡石と雄の鸚鵡石」説


林宏氏の前掲書によると、『磯部郷土史』(1963年、磯部郷土史刊行会)という文献に、雌の鸚鵡石と雄の鸚鵡石があるという記述があり、雌は和合山の鸚鵡石であるのに対して、雄の鸚鵡石は「高天原」の地にあるという。

恵利原の天の岩戸が所在する土地一帯は、高天原の字名で呼ばれている。
すなわち、天の岩戸の近くに(はたまた天の岩戸自体が)鸚鵡石と呼ばれるものがあるらしいということになる。

この鸚鵡石は「天津神籬」とも「五十串巌(いぐしいわ?)」とも名称があるようで、前者の天津神籬という名前は近代以降の古神道・復古神道の影響下でつけられた名前にも思えるが、後者の五十串巌は土地名の五十串原から来ているものと類推される。

林氏は、『磯部郷土史』の記述は恣意的で真理性に欠ける部分があるとの磯部町郷土資料館学芸員の方の言を載せて、同意できる部分を認めつつ、まったく存在しないものを捏造したとも考えにくく、当地・高天原に和合山の鸚鵡石と対比されるもう一つの鸚鵡石がどこかにひっそりとそびえているのではないかと記している。
恵利原の3つ目の聖地の可能性として、再び脚光が当たることを祈りつつこの情報を記しておきたい。

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