2022年1月23日日曜日

岩室稲荷神社の岩蔵(京都府舞鶴市)


京都府舞鶴市吉坂


正式名は「稲荷神社」であるが、他と区別するため、岩室稲荷神社・吉坂稲荷神社・岩窪稲荷神社など、さまざまな名で呼ばれることが多い。

稲荷山(明室山)の山裾に鎮座し、そこから裏山を5分ほど歩くと奥の院に至る。奥の院に隣接して「岩蔵」という石灰岩の群れが広がり、これをかつて伍蔵社と呼んだ。

岩蔵(岩藏)/岩窪/岩室/伍蔵社/奥の院




岩蔵(写真左)と奥の院(写真右)

奥の院へ至る参道

社頭に掲示された、山中発見の経筒関係遺物と伝岩蔵発見の須恵質土器

神代文字(社頭掲示)

社頭掲示の古文書群

本事例については拙著『岩石を信仰していた日本人』の中で一項を設けて紹介したので、ウェブでは社頭に掲示された「当地古代の伍蔵社伝説」について文字起こしをしておこうと思う。

この社記はいわく天智10年(671年)選録、永仁2年(1294年)書写されたとあるが、単体の文書なのか大元の出典があるのか(何かの残欠なのか)はっきりしない。

古文献の性質を考え、天智年間の成立とはそのまま受け入れにくく、今のところは古くとも永仁年間の情報として扱いたい(用字、文法的に中世のものと言えるかは専門外のため保留)。

撮影した写真越しなので、欠字やピンボケ、反射で判読できないなどで自信がない箇所は●として、新字体に改めた。


往古天火明命豊宇気大神降臨当国五穀蚕●●始悉水陸水田植則●足也故謂田庭今国名為丹波之縁也

豊宇気命求肥饒●播殖五穀其恩●受好所生故謂宇気己保利今郡名為笠郡之縁也

大国魂神興久斯神●力一致経営当●●更参到干高志之国之時当田国輿丹波国●高●謂●●山故●覧妖気在領天火照命授●曰誅伏諸鬼神可領知此国大神●●●中平定故勅受郷謂領知郷今郷名為志●郷之也

大穴持命興少彦名神巡行此国●参列干高志国之時勅曰天火明命者当国吾地参而治焉又当田国興丹波国天津磐境起樹神籬矣即以美保伎王御祈鈴久斯器御神幣療病金囲五種宝永為療病●●災●治神璽故岩蔵安神●一蔵安美伎王二蔵安御神幣三蔵安久斯●四蔵安御祈鈴五蔵安療病金囲故謂●蔵今社名●●蔵社之縁也

豊宇気神降臨当国●●壌地●●●●●●●五穀田●王秋●●●握足祈祷故請田●令●人為太郎也田●一訓太郎故今世諺謂太郎之縁也天火照命勅随●妖気来而代陸耳陸耳遁隠岩蔵乞命天火明命陸耳●出時歌曰

陸耳人渡●●●弓檀弓将射発心●思●●君子思末方吾物思苛痛其思出悲痛此思出不射●●弓檀弓

当御間城入彦五十瓊殖天皇御代再丹波道主命●巡按当国畢参到伍蔵社之時巖石光耀●歌曰

此岩者哉称栄大高奇岩綾岩也●

社人田●王答歌

天津神日御蔭岩之方月御蔭岩綾御岩●也朝日峯蔭夕日峯蔭神代天津火照神愛●親々●世愛又天皇命御子愛今現見如●余弥栄弥奇雨漏幾丈有哉否知奇岩

恐多幸●●蔵社伝記召問故録伝説一●謹以献上

天智●未年正月●日

丹波国笠郡志楽郷 田●●

永仁二申午年三月●● 太郎再写

●部分や誤読など、ご教示いただければ幸いです。


岩石に関する部分を太字傍線にした。

最初の「天津磐境」のくだりは『日本書紀』など他古典からの借用表現だろう。

数か所に登場する「岩蔵」は、五種の宝が奉安され、陸耳(丹後の豪族とされる陸耳御笠)が隠遁した場所として記される。

この岩蔵は後半部では「巖石」「奇岩」「綾岩」「御蔭岩」などに名前を変え、発光伝説や神聖な存在として美称を冠されていたことがわかる。

岩蔵の名称が一致しないことを考慮すれば、複数系統の記録を一枚にまとめ書いたものと類推している。



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