静岡県湖西市神座 嵩山中腹
「今調査している古墳の近くに、大きな岩がごろごろしている場所がある」と駒澤大学の方から聞いたのは2013年だった。
気になる存在だったが、それから10年以上経過して時機到来して現地を訪れた。
古墳群は現地の地名から神座(かんざ)古墳群として知られ、そして岩群にも岩巣という名で呼ばれていることを知った。
駒沢大学考古学研究室による発掘調査報告書も2016年までに通算5冊発行され、調査にも一区切りついている。
報告書によると、神座古墳群は神座A・神座B・神座Cの3つの群に分かれて計27基が分布し、そのうち神座B古墳群の8基(うち1基所在不明)が嵩山(すやま。標高170m)という三角山に存在している。
一部の古墳が発掘され、結果、おおむね6世紀後半~7世紀初めに築造された群集墳であることが明らかになった。
嵩山(神座地区から撮影) |
神座B古墳群 |
その古墳群に隣接するのが「岩巣」と俗称される自然石の群れである。
高さ5mを越える立柱状のチャートの露頭であり、一見した雰囲気は、同県浜松市の渭伊神社境内遺跡のチャートの露頭と類似するものがある(丘陵上という立地も共通)。
渭伊神社境内遺跡では自然石の傍らから古墳時代の祭祀遺物が見つかったが、岩巣では2012年に地形測量がなされたものの直接的に古墳時代の遺物は見つからなかった。その代わりではないが、古墳という厳然たる古墳時代の遺構が隣り合うという状況を見せる。
具体的には、岩巣は嵩山頂上から北東に延びる支峰頂上(標高98m)に露出し、その岩巣を挟んで東に3号墳、西に4号墳が築かれる。
それぞれの古墳からは肉眼で岩巣を認識できる近さであり、古墳築造時にこの岩巣の存在を知ったうえでこの地に古墳(墓域)が形成されたということになる。
岩巣(頂上部) |
立柱群(4号墳側から撮影) |
3号墳側から撮影 |
岩巣には岩陰があるものもあるが、防空壕として利用されたものもあるとのこと。 |
前述のように岩巣からは遺物が出土しなかったため報告書上ではほぼ看過されている(言及しようがない)存在となっているが、本記事ではもう少し岩巣に言及したい。
岩巣はその名称以外に特段伝承も信仰・祭祀の跡もみられない存在だが、尾根先端にある岩の一岩石上からは麓が一望できる好立地である。
岩巣の尾根端(東端) |
麓の眺望 |
麓の神座地区には、産土神としての上座神社が鎮座する。「上座」は「じょうざ」と読むが、元は「神座(かんざ―かみざ)」から転じたものとみるのが適切である。
上座神社は寛永11年(1634年)の創建といわれるので古墳時代に遡るものではないが、地名としての神座がいつまで遡るか、そして嵩山の聖山としての位置づけがいつまで遡るかという点はさらに追究されてよい問題だろう。
なお、上座神社境内の北西隅には下写真の岩石がまつられているが、これは「最近」置かれたものだという(中根 2002年)。
上座神社境内の岩石 |
興味深いのは、神座B古墳群の石室石材は現地性のチャートだったことが判明しており、つまり、嵩山の岩石を採ったということになる。
ドライに見れば、岩巣は単なる石取り場の跡だったのかという見方さえできる。当時の人々にとって、嵩山は山に手を入れて墓を造成して良い場所であり、そこにある岩石で石室を造ってよかったという認識にあったことがわかる。では岩巣にも手を入れてそこから岩石を採ったのではないかという実利的な側面である。
一方で、同じ浜名湖周縁地域に属する渭伊神社境内遺跡では自然の露岩群を対象とした祭祀が確認されているわけで、こちらは岩石を神聖不可侵なものとする見方が語られる。
両者が相まった考え方としては、岩石に聖性を認めたからこそ、その聖なる岩石を墓に利用したという意味での岩石信仰も仮説として浮かぶ。この場合、自然石は利用されてそれでも信仰として成り立つ。
発掘の中で、7号墳からは古墳時代の焼土層も検出されている。順序としては、墳丘築造前に地山を整地して、その後に整地面で火を焚いて、それから石室と墳丘を構築していくという流れである。そのため、古墳築造時の一種の儀礼行為としてなされた跡ではないかと報告書でも指摘されているが、このように山に対して手を入れることと祭祀は両立しうる。
いわゆる山は神聖不可侵で立ち入らないという性格ではなく、山に積極的に立ち入って利用していくという性格の信仰が垣間見える。しかし古墳時代は全般的に文字資料不在につきこのあたりの心の在り方がわからず、現時点では確定的に言えることは少ない。
岩石信仰の観点で見れば古墳と自然石の同居事例の好例の一つであり、古墳石材が現地性であることもわかったという点で今後の研究の参考となるところ大だろう。
参考文献
- 駒沢大学考古学研究室[編集・発行]『静岡県湖西市 神座B古墳群第1次発掘調査概報』2012年
- 駒沢大学考古学研究室[編集・発行]『静岡県湖西市 神座B古墳群第5次発掘調査概報』2016年
- 中根洋治『愛知発 巨石信仰』愛知磐座研究会 2002年
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