2018年4月12日木曜日

石仏山(石川県鳳珠郡能登町)


石川県鳳珠郡能登町柿生ホ字16番地

 石仏山は文献によって、オヤマとも潔戒山・結界山・像石山とも表記される。
 柿生の神道(じんどう)地区は、毎年3月2日にこの石仏山で祭祀をおこなう。

石仏山

石仏山

 山に少し入った山腹、急斜面の直下に、高さ3mの立石とその両脇に小立石を配した「前立」と呼ばれる祭祀場がある。
 大己貴命の依代と伝えられる。

石仏山
前立

石仏山
前立

 女人禁制が今も守られている。

石仏山

 前立の背後の急斜面を登ると、斜面途中に大小の岩石が密集しまるで石組のように見える構造物があり、これを「石の唐戸」あるいは単に「唐戸」と呼ぶ。
 「唐戸」の近くから、室町時代のものと推測される菊花双雀鏡が一面見つかっているという。

石仏山
唐戸

石仏山
唐戸

 急斜面の一番上方に、高さ4mの立石からなる「奥立」がある。
 「唐戸」と「奥立」をひっくるめて少彦名命の依代といわれ、本社とも奥の院ともいう。

石仏山
奥立

石仏山
奥立

 さらに「奥立」の奥の頂上には大小の岩石が散在し、磐境の跡と思われると『能都町史』は記しているが、踏査のかぎり頂上に特筆するほど目立った大小の岩石群は見つけられなかった。

 3月2日の祭祀では、神職が前日に宅内で御幣に大己貴命・少彦名命を招いた上で、当日、前立の前で献饌・神楽・祝詞・玉串などの一連の神事を執行する。
 また、釜で湯を焚き、そこに幣をひたす。幣にひたされた湯を参列者は自らの両目に拭っていくというお釜神事がおこなわれる。
 その後、直会などをおこない、地区の年間の諸祭礼の割り当てや宮田の耕作の担当、田作唄などが披露されたという。
 以上の諸特徴から、石仏山の祭祀は春に山の神を招き、その年の稲作を開始する山ノ神-田の神信仰の民俗例であると評価付けられている。

出典

能都町・編 『能都町史 資料編 第1巻 自然・民俗・地誌」 1980年
現地看板

4 件のコメント:

  1. ご紹介の祭祀地点は、深層地すべりで動いた滑動ブロックとその前面の小土石流堆地形で、標高80mの尾根が滑動ブロック頂のようです。そうゆう所に現れる微地形を祭祀場所に仕立てた例として、模式地になるかも。体と時間が許せば現地データを取りたいです。

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  2. 専門家の詳細なご説明痛み入ります。
    立って歩けないほどの傾斜ですので、それが群集するがごとく積み重なったのが唐戸で、自然の力で屹立した状態で遺存したのが奥立と理解しています。
    大分県の米神山と類似したものを感じますが、滝おやじ様にはぜひ全国の自然地形の類型化を大成いただきたいと切に願います。

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  3. 奥立の岩塊は、平べったい板状なので人工的に補助して立てたのではと思います。
    立地が滑動ブロックの頂上前面急斜面ですので、ブロック内の埋もれていた岩塊が滑動で絞り出されてきて地表に露出し、球形や立方体形の岩塊だと地表に出て4面露岩の立石になることは良くあるのですが、奥立の岩塊の形では、自立はちょっと無理ではないかと思います。

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  4. 自然+一部人為ということですね。私にはこの峻別が難しいです。
    自然地形を見た時にいじらずに信仰したケースと、自然地形を見て一部手を入れて信仰したケースと、完全に人為設置して信仰したケースの感情面を、私は模索し続けます。

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