2019年2月25日月曜日

下郡の猪田神社(雨石・晴石と猪田経塚)と猪田の猪田神社(猪田神社古墳と日月石)



二つの猪田神社


三重県伊賀市には、猪田神社という名前の社が二つ存在する。

一つは、伊賀市下郡に鎮座する猪田神社。
もう一つは、伊賀市猪田に鎮座する猪田神社。

両社は近い位置ながら、一つの丘陵を隔てた別々の集落に建てられており、ともに『延喜式』神名帳の猪田神社の論社となっている。
おそらく元々は同じ丘陵を聖地としていたものが、集落ごとで祭祀が分化したのだと思われる。

両社には、それぞれ岩石祭祀事例が残されている。


下郡 猪田神社
~雨石・晴石と猪田経塚~


猪田神社
下郡の猪田神社


下郡の猪田神社にはかつて、雨石(雨石さん・潮満石)と晴石(潮干石)という二つの岩石があった。

神社の目の前に矢田川が流れている。
この川に雨石を入れると必ず雨が降り、晴石を入れると雨が止んだと伝わる。

もちろん気まぐれに入れるものではなく、降雨の祈願を込めた上で雨石は入れられ、あるいは、長雨が続いてこれを止めたいがために晴石を入れるという切実な儀礼だった。

雨石には願いをかなえるまじない道具としての性質があり、晴石にはそれに加え、鎮めの霊石としての性質も加わっている。

さて、ある時に長雨を止めるために晴石を入れたが、雨は止んだものの川の中をその後探しても晴石はどこかに行ってしまったという。
だから、現在は雨石しか猪田神社に残っていない。

雨石は現在は建屋の中に安置されている。
境内を一見するだけでは見落としやすいが、社殿向かって左、山の上に登る道の左脇にある建屋がそれだ。

猪田神社
建屋内をのぞくと雨石が安置


猪田神社
扁額「満○○?」


建屋には「満○○」(字数不明)という消えかかった額がかかる。
雨石とも潮満石とも違う名称のようだ。
満珠石という別称もあるそうなので、おそらく満珠石か。ただ二文字目は消えかかりながら「雨」の字にも似ている。

猪田神社
雨石


猪田神社
雨石


岩石の形状は、横長楕円形のずっしりとしたもので、横幅は1mを越える。これを川に浸けるというのは一苦労だっただろう。
この形状を蛙に例え、蛙と降雨の関係を述べる向きもあるが、蛙を志向しているかどうかは何とも言えないところ。
それよりも鎮めの岩石である要石との共通性を感じる。

忖度せずに言えば、外見は何のひっかかりもない自然石というほかない。
だからこそ、この石に霊性を見出したきっかけに興味が出てしかたない。

なお。下郡猪田神社の本殿背後斜面からは、12世紀後半の経筒関係遺物が出土して猪田経塚と呼ばれている。
経塚自体は人工的な石組みによって石室を形成し、その中に埋経を行なったタイプ。

後述する日月石と絡めると、岩石信仰と経塚祭祀の同居は、静岡県渭伊神社境内遺跡・三重県多度経塚・京都府真名井神社経塚がある。
神を宿らす磐座の地が、仏降臨を待つ埋経の場にもなった。神仏の聖地の親和性を考えるにおいて興味深いテーマである。

岩石信仰の祭祀具となった雨石・晴石と、経塚の石材となった岩石たちとの差は何だったのだろうか。


猪田 猪田神社
~猪田神社古墳と日月石~


もう一つの猪田神社である。
猪田の猪田神社を語る時のキーワードは、「猪田神社古墳」と「日月石」である。

猪田神社
猪田 猪田神社遠景。神社と裏山の関係。


本殿の背後に直径24mの円墳があり、これを猪田神社古墳と呼ぶ。
神社との圧倒的な位置の近さから、神社の祭神や祭祀母体に由縁のある墓ではないかとされている。
ちなみに神社の主祭神は武伊賀津別命。伊賀国造ともいわれ、地方豪族の古墳である可能性を補強している。

また、裏山には他にも数基の古墳があるらしい。
当地の字は「波岸台(はがんだい)」と書くが、これは「墓の台」の転訛とも考えられている。

猪田神社
神社境内。猪田神社古墳および古井(天真名井)の石標が立つ。


そして、古墳と社殿の中間地点に聖なる岩石「日月石(にちげついし)」がある。

本殿の南方斜面上に「磐座」の標識と共に、大小二個の岩石が片寄せあっている。

猪田神社
2011年時点ではこの表示があり、入口は分かりやすかった。


猪田神社
日月石。「磐座」の傍示がある。岩陰に皿が二枚供献。


猪田神社
日月石を斜面上方から撮影


斜面下方の大きめの岩石が「日」を表し、上方の小さめの岩石が「月」を表すらしい。
伝承や民話の類は伝わっていないが、社殿祭祀以前の祭り場といわれている。
現在、定期的な祭礼というものはないが、地元の方が自発的にお供えをしているそうだ。

岩石祭祀と古墳の同居は、群馬県西大室丸山遺跡、静岡県神座古墳群、京都府松尾山、京都府梅ヶ畑遺跡、奈良県石光山古墳群、広島県御領古墳群などで見られる。
岩石祭祀と古墳祭祀が共存していたか切り合いの関係か、そしてその先後関係は興味深いテーマである。

猪田神社
境内に集められた石造物群


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