2019年6月29日土曜日

佐藤観石『天皇家と自然石文化』(愛石社、2018年)を読む


副題に「―日本の自然石文化― 世界無形文化遺産登録資料」と銘打たれた、魂の籠った一冊。
本のボリューム自体はコンパクトになっており、総頁は50ページ足らずである。

佐藤観石氏のプロフィール

まずは、佐藤観石氏について紹介したい。

奥付に載せられた著者略歴を見ると、本名は佐藤弘氏で、全日本愛石協会相談役・日本石道協会会長の役職に就かれている。
全日本愛石協会は、月刊誌『愛石』の発行で知られる水石・鑑賞石の愛好者を束ねる組織であり、佐藤氏はこの『愛石』で長年連載を務められてきた。
その連載を刊本化したのが本書で、他にも『伝統的水石文化』(2017年)、『愛石事典』(2013年)などの著作を発表されている。

日本石道協会についてはwebで検索してもまったく情報が出てこなかったが、佐藤氏が2002年に設立された団体とのことである。
「石道」は佐藤氏が提唱する言葉で、石を愛する道にも数あるなか、本書では「自然石」を愛する文化について焦点が定められている。


本書の構成

目次を見てみよう。
本書はAmazonなどでは販売されておらず、発行元の愛石社のホームページで購入するくらいで、チャネルが限られている。
だから、目次を明らかにするだけでも同好の士にはかなり有益な情報になるはずだ。

第一 天皇家と室内鑑賞石について
一 天皇家と由来石
二 天皇家と「石荘りの古法」
三 天皇家と磐座

第二 天皇家と磐座について
一 磐座とは
二 磐座の起源と成立
三 磐座と御祭神
四 神武天皇と磐座

第三 天皇家と日本庭園について
一 飛鳥時代の日本庭園
二 奈良時代の日本庭園
三 平安時代の日本庭園
四 「京都御所」の日本庭園
五 「仙洞御所」の日本庭園
六 「修学院離宮」の日本庭園
七 「皇居東御苑」の日本庭園
あとがき

水石を専門にされている佐藤氏らしく、後半の三章は日本庭園にテーマを絞られ、庭園の中での自然石の美について語られている。
そのほか、興味深い論点についていくつか取り上げてみよう。


天皇家の室内鑑賞石について


出だしは、2016年8月8日におこなわれた天皇陛下のビデオ映像のなかで、陛下の肩越しに「瀬田川産と思われる美しい虎石の台座石」が写っていたことに着目するところから始まる。
いわゆる愛石家のなかでもあまり注目していなかった“そこ”にいく目の付け所も流石だが、その確かな鑑定眼も敬服に値する。

由来石というのは、記録上に残っている天皇家の鑑賞石のことである。
最古の記録としては嵯峨天皇(786〜842年)の「當喜枕(たきまくら。大覚寺寺宝。現存・写真あり)」から始まり、後宇多天皇、後醍醐天皇、後水尾天皇など、著名な天皇がそれぞれ名石を愛していたことを明らかにされている。

目次にもある「石荘り(いしかざり)の古法」について紹介しておきたい。

これは江戸の文人・木村蒹葭堂(1736〜1802年)が『蒹葭堂盆石志』の中で記した言葉である。
要約すると、茶道では古来、石を立てる(=石を床に置く)時には、墨蹟も掛けず花なども生けないようにするという決まりごとがあったのだという。
石があれば他のものは飾らない、それが石飾りの方法だったという。
蒹葭堂はそれを「石荘りは石を巌石にしたる故」と説明しており、奥深い。

佐藤氏はここから着想を得て、石を巌石にするということを、磐座としての石にしたという意味と解釈している。

たとえば、足利義満が後小松天皇の行幸に備え、8棟の御殿を立てて天下の器物を揃えて迎え入れたが、天皇の御座所の床に盆山の石を据えたと『北山殿行幸記』にある。
これを、佐藤氏は天皇が降臨するための磐座として、盆山の石が置かれたとみている。


磐座の定義について


第二章では「天皇家と磐座について」と題し、佐藤氏の磐座論が展開されており、他ではなかなか見ることができない多くの情報が記されている。

佐藤氏は、磐座を「自然石文化の一つ」と捉えている。
磐座の意味を記紀から求め、本居宣長、柳田国男、そして大場磐雄博士の研究へと、古典的大家たちの研究をふりかえる。

その結果、佐藤氏のまとめとして次の(a)〜(d)の分類が提唱される。

(a)磐座は、神が降臨する依代としての岩石で、降臨する御祭神が存在する。
(b)石神(せきしん)は、岩石そのものが神であり御神体なので、御祭神は存在しない。
(c)巨石は、御祭神が存在しないが、崇高な雰囲気に包まれた岩石。
(d)磐境は、磐座や石神が存在する神聖な区域を指す。

この分類の最大の特徴は、「御祭神の有無」を判断基準にしているところだ。

磐座は、降りてくる神がいるから、それは御祭神があるという前提を是にしている。大いに首肯できる。

一方、石神は岩石そのものが神なので、御祭神はいないというところで、読み手によっては??となる部分がある。
「神なのに、神はまつられていない」とはどういうことだろうか。

佐藤氏の説明がないので私の推測になるが、御祭神とはいわゆる「神話上、または神社神道上で神号がつけられた人格神」のことを指し、そのような人格化された抽象神は石神とは無縁であるということなのだろう。

では、『風土記』に記された与田姫の石神などは、どのように理解すればいいのかと問いたくなるが、石神で別の神名が付された事例は複数見られるし、全国の石神社を訪ねてもそうだろう。
元来は神名がなかったのだと評価するのはたやすいが、それは歴史学的検討を経ていない希望的観測であり、慎重であるべきだろう。
そして、それらの事例は、石神と人格神が相容れない関係ではなく、問題なく混ざり合う関係性であったことを示している。

また、分類には「巨石」も登場しているが、御祭神がない大きな岩石が巨石ということだが、これは石神と重複しあう定義ではないだろうか。
石神と巨石の差は岩石の大小の違いということだと思うが、それなら石神にも規模の大小についての定義付けが必要であり、その境目は結局のところよくわからない。

共通して指摘できるのは、磐座・石神・磐境という本来性格の違いで分ける3つの概念の中に、外見の違いで分ける巨石という異分子を混ぜてしまったのが、分類を混線化する原因である。
また、巨石を入れるなら、小石も入れて公平性が保てるだろう。

そして、この(a)~(d)の分類をしてなお、章題からでもわかるように、なぜか「磐座」が総称のように用いられているのも解せない。
結局はすべて磐座に取り込まれているのだとしたら、分類をしている意味がない。佐藤氏の観点から見れば、それに替わる総称は「自然石信仰」や「自然石文化」がふさわしいのではないだろうか。
(ただ、磐座や石神、磐境には自然石をそのまま用いない人工的事例もあるため、自然石概念に包めることが本来できない)

このあたりは私が『岩石を信仰していた日本人』(2011年)で分類の注意点として触れたところであるが、佐藤氏の先行研究のふりかえりには私が登場していないので、ご覧いただけていないのが残念である。


佐藤氏が愛する磐座について


本書の中盤では約20ページの紙幅を割いて、日本全国の「磐座と御祭神一覧」が列挙されている。
このなかで特に佐藤氏が愛する磐座数ヶ所について言及があるので、そこを中心に取り上げたい。

■ 石の四大魅力を提唱

佐藤氏は広島県の弥山の「磐座」群を、石の四大魅力をすべて満たしていると高評価している。
石の四大魅力とは次のとおりである。

  1. 自然美(石の自然性)
  2. 存在感(石の永遠性)
  3. 崇高感(石の崇高美) 
  4. 石の静寂感(石の永遠性、わび・さび)

外見から想起される抽象性の高い要素となっており、ここは科学的な云々とは切り離して、岩石の芸術的な側面として胸に留めたい四要素である。

しかし、1~4の全項目を満たすことが最高評価となるものではないだろう。
どれか一つに振り切って突出した岩石も同等の評価であってほしい。
そう思う理由は、たとえば3番目の「崇高感」が、すべての自然石信仰において必須・思考のものとは考えられないからだ。
崇高さは、祭祀・信仰や神々の世界において必要ではない場合もある。猥雑な空気、混沌とした空気の中での信仰世界もあり、崇高さや厳粛さを求めすぎるのはやや後世的な神道文化の影響が強いという危険を伝えておく。
 
■ 「日本の三大磐座」と「日本の五大磐座」

文中で唐突であるが、p27で 「日本の三大磐座」と「日本の五大磐座」が選出されている。

「日本の三大磐座」
・厳島神社の御座石
・神倉神社のゴトビキ岩
・磐船神社の天の磐船

「日本の五大磐座」
上の3つに加えて、
・大石神社の甲石
・榛名神社の御姿石

古今東西の愛石家のなかでも、活字で日本の代表的な磐座を「三大」「五大」で明文化したのは佐藤氏の本選定くらいしか見当たらず、水石・自然石愛好分野からの提案ということで貴重である。
いわゆる巨石・磐座分野で佐藤氏のこの仕事が知られているとは言えず、ここに紹介しておき今後の議論に浴されることを期待したい。


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