2019年6月3日月曜日

飯部磐座神社(福井県越前市)


福井県越前市芝原

古代より神霊があらわれる神聖な巌は、磐座(磐境)として祭祀の場とされる。当社の磐座は近隣の社にない巨岩群で、土地の豪族伊部造豊持氏が、氏族の磐座祭祀を行ったと伝えられている。
「延喜式神名帳」にある「伊部磐座神社」は、この神社であると言われている、(式内社の研究 志賀剛氏の説による)
2004年建立の現地看板より

飯部磐座神社

丘の南斜面に巨岩群が群集する。

丘の周囲は住宅地が密接している。

このように胎内くぐりのような岩陰空間もある。

巨岩群は切り取り方で多様な表情を見せる。

丘の頂上(社殿)から北東方向を望む。周囲を一望できる好環境。

「敦賀郡 伊部磐座神社」の論社とされているが、当社は大野郡域に鎮座しているため異説もある。

享保11年(1726年)の火災で旧記は失われたという。
貞観15年(873年)、伊部造豊持が遠方から巨岩を運んでこの磐座を造ったという話もあるが、伊部造豊持による磐座祭祀についての仔細や事実関係もわからない。

この丘を古墳と見立てて、巨岩群は古墳の石材の跡、あるいは、古墳の上に巨岩を運んだと見る考え方もあるようだ(古墳としての埋蔵文化財登録はされていないが)。
すぐ近くには芝原古墳群として包括される古墳群がかつてあり(宅地開発で消滅したものが多い)、古墳との親和性は否応なく高い。
ただ、個人的には巨岩一つ一つの形状を見ると、古墳の石室のようには感じないものもある。風化と苔の付着で惑わされているところもあり、主観である。

周囲に巨岩がないから自然形成とは考えにくいという見方もあるだろうが、当地を開拓して土地を均した時に、地域に分散して露出していた巨岩や微高地の土をかき集めた塚の跡と考えることもできる。
ただその場合、巨岩は丘の南斜面に密集しているが、丘の頂上近くまで巨岩が上がっている。周囲の不要土や岩石を寄せるだけなら、巨岩をこんなに上まで上げる必要性はない。

自然形成、または古墳説、新田開発説などいろいろな見方を紹介したが、一方で人工的な磐座説を否定するものでもない。
人工的な磐座は、岩石こそ小規模なものの、古墳時代の祭祀遺跡ではしばしば見つかっており、神を招く祭祀の台座である磐座を人為的に設けることは、祭祀の構造から考えても何も不思議なことではない。
磐座を神と同一視すると、違和感が生まれる。
磐座=自然の巨石、磐境=人工の施設というような古典的な言説も見たことがあるが、記紀にはそのような定義付けはまったくされておらず注意したい。

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