2020年7月11日土曜日

高岳神社(兵庫県姫路市)


兵庫県姫路市西今宿 蛤山

高岳神社は「たかおか」と読むが、『延喜式神名帳』では高岳で「たかみくら」と読んでいる。

神社背後の丘を蛤山(標高125m)と呼ぶ。その頂には一大岩盤が広がっており、隆起した岩塊の手前に鳥居や灯籠が献ぜられまつられている。






往古の昔瀬戸内海が書写山の麓まで海に満ちていた。高岳神社の直ぐ北の山頂部に高さ約八十米にも及ぶ巨岩があり蛤岩と呼ばれている。これは土地の人がこの岩の上の窪みの中で蛤の親子化石を拾い福徳長寿の幸を得たのでこのように名付けられたそうである。
「延喜式内社 高岳神社 巨岩 蛤岩由緒碑」(平成二十年建立)より

高岳神社の社宝には蛤の化石が伝わるといい、かつてこの岩が海中にあったことを示すものだろう。

蛤の奇譚については、そこまで古い話ではないのかもしれないが、それ以前からの岩に対する信仰はあったのだろうか。

高岳神社は延喜式内社というが、元来の鎮座地はここではなく、やや東にそびえる八丈岩山頂上だったと社伝でいわれており、そこにも岩盤が露出している。
現・蛤山の遷座は天長3年(826年)のことと伝わる。

いわば、岩山から岩山へ、神が移動したことを示すのだが、その理由までは明らかになっていない。

藤本浩一氏は『磐座紀行』(向陽書房、1982年)の中で「これほど整った磐座があるのに、八丈岩山を高岳神社の旧地と考えたのは、いかなる時、いかなる人か、今我々が考えさせられるところである」と記す。
これでは八丈岩山旧社地説への批判のようなものであるが、藤本氏は八丈岩山の現地も訪れて比較している。いわく、その岩盤の規模は「八丈」というような大規模なものではなく「八畳」の誤伝ではないかと述べ、蛤山の露岩規模にはおよばないと評価している。

なお、八丈岩山は『播磨国風土記』に登場する「因達の神山」に比定されており、その点から、藤本氏は因達の神の磐座であろうとは認めているが、どうも蛤山の神とは別個の存在だったのではないかとみなしている節がある。
『播磨国風土記』の「因達の神山」の項に、岩や石に対する記述が見当たらないことも付言しておきたい。

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