2021年3月14日日曜日

鬼ノ城の岩石祭祀と岩屋地区の「鬼の差し上げ岩」(岡山県総社市)


岡山県総社市 鬼ノ城一帯


鬼ノ城の岩石祭祀の側面

鬼ノ城(現地に一部復元)

鬼ノ城の城壁の一部

鬼ノ城は、史書には記録がない古代山城であるが、古代山城としての特徴を残す大規模な遺構が発掘調査によって明らかになっており、7世紀の後半に築かれたものと推定されている。

発掘調査報告書はオンライン公開されており、岡山県古代吉備文化財センター編『岡山県埋蔵文化財発掘調査報告236 史跡鬼城山2』(岡山県教育委員会 2013年)に詳しい。

報告書中では、鬼城山の自然の露岩群を「磐座」と類推して調査を行った地点(報告書ではⅤ-Ⅰの名称)があり、また、近くからは平安時代以降と思われる集石遺構が検出されている。

現地では自然石が点在するものの目立った遺構は認められなかったが、山頂から15mほど南東に高さ1mほどの花崗岩の露頭があり、磐座の存在を感じさせた。現地では、調査前から平安時代の土師器片を表採することができ、当該期の遺構の存在が予測できた。(同報告書p.131より)

この露岩群は鬼ノ城の北門近くの一峰上(標高374m)であり、調査結果では断定的ではないものの、何らかの宗教的な活動の痕跡ではないかという結論に至っている。

これらの宗教活動は、古代山城としての機能が廃絶された後、奈良時代以降に山城跡を利用して山岳寺院が築かれ、以降、中近世にかけても近隣の新山寺・岩屋寺と関連した霊場空間として存続していた可能性が指摘されている。

鬼ノ城内には石祠状の石積が見られ、後世的な祭祀施設とみられる。

鬼城山の一露岩に彫られた摩崖仏

山中は岩盤が露出しやすい地質と言える。


岩屋地区の「鬼の差し上げ岩」



岡山県総社市奥坂


鬼ノ城から北西へ1km地点に「岩屋」と呼ばれる一帯があり、その地名の由来となったと思われる岩屋状の構造物が存在する。







これは「鬼の差し上げ岩」として全国的にも有名な巨石である。

当地の伝説的な鬼である温羅が棲んでいたと伝えられる場所であるが、歴史的には当地にかつてあった岩屋寺の行場として位置づけられている。

岩屋寺は、鬼城山よりもさらに奥まった山中に位置し、現在の岩屋集落の周辺に広がる寺院跡である。現存する毘沙門堂のそばにある「鬼の差し上げ岩」をはじめ、周辺の山林内には巨石が点在し、磐座祭祀の痕跡もうかがえる。(同報告書p.170より)

それを「磐座」という神道的な概念で呼んでしまっていいかには批判の余地もあるが、岩屋地区には考古学的な発掘調査の手が及んでいないようで、目立った遺物の発見もないと報告されている。

鬼城山に目を転じれば縄文時代・弥生時代の遺物もわずかながら見つかっていることから、当山塊一帯に人足の立ち入りがあったことは疑いないところだが、仏教霊場以前のいわゆる宗教性の有無については不明である。もちろん、古代山城における祭祀的側面も否定するものではない。

岩屋の奥には鯉岩・八畳岩・屏風岩・汐差岩・方位岩などが存在。

岩屋寺の地神碑


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