2023年10月30日月曜日

垂水岩/垂水不動/垂水の観音様/垂水遺跡(山形県山形市)


山形県山形市山寺 宝珠山千手院裏山

垂水岩(下部のみ撮影)

蜂の巣状の穴は地質学的に「雲形侵食」で説明が可能という(ブラタモリ2023年7月22日放送時の大友幸子氏の解説より)

鳥居が立つが、基本的には山岳仏教・修験道における岩場の文脈で臨む存在。

岩陰に稲荷神社がまつられる。

垂水岩の西にある別の岩陰には古峯(こぶはら)神社がまつられる。

垂水岩(西より撮影)


山寺立石寺のすぐ東の「峯の裏」と呼ばれる地にあり、千手院の裏山を約15分~20分登った山腹にある。

垂水遺跡・垂水不動(垂水不動尊)・垂水霊境などの通称で知られ、近年とみにパワースポットとして着目されることが多いが、40年前の文献を捲ると以前は垂水岩(たるみずいわ)と呼ばれていたらしい。

「垂水岩(山形市山寺) 水が垂れるように岩の上から落ちてきて奇岩を作っている。昔は修験者が冬でも住んでいた。ここは、現在の山寺ができる以前に慈覚大師がいた所で、ここで山寺を開く構想をねった。今は不動様がまつられていて、垂水の観音様と言って信仰されている。(話者)武田唯雄」(岩崎 1981年)

垂水岩の名は、明治11年刊行の地誌『山形県地誌略』まで遡って確認できた。その後、大正7年刊行の『山寺村風土略記』で垂水不動の表記も登場する。垂水霊境の表記はかつての文献群には登場しないため、単なる美称の一つが流布されて定着化したものだろう。
以上を踏まえて、歴史的名称としては垂水岩・垂水不動の名を採用することが望ましいだろう。


さて、垂水岩は山寺立石寺の始まりの地(元山寺)と伝承されることがある。
それはまったく根拠のない話というわけではなく、現地には寺院があったと思しき地形や痕跡が残るという。

「今日の根本中堂は目今の山寺区域の東部に建つて居るが、其開山当時に在ては更に東方千手院字峯裏と、垂水不動間の山上にあつたものらしく、其處に今猶平地があり、畑地となつて居る。而して其敷地の入口には両側に高き岩石が、恰も門に擬せらるゝ如く立ち、如何にも霊場であるらしく見得られる。即ち中堂は此處に建てられたものと思はれる。」(川崎 1947年)

門に擬せられた岩石がどれに当たるのかはよくわからないが、千手院に立つ現地看板によれば現在、阿弥陀屋敷と呼ばれる地が本院跡とされており、このことを指すのかもしれない。

円仁宿跡

亀裂の奥に不動明王像が安置され、垂水不動の由来となる。

かつて岩肌には千手観音の線刻が見られたといい、垂水の観音様の由来となる。

垂水岩の周辺には霊場関連の石造物群が散在する。


垂水遺跡という名もあるものの、いわゆる遺物が出土したという意味での遺跡ではないらしく、埋蔵文化財としての登録はみられない。
ただし、遺構としての石造物群が残っており、その点で遺跡と考えるのは差し支えない。

「蜂の巣の穴状の岩窟がみられ、垂水不動や円仁宿坊と名付けられたものもある。ここにも岩窟のなかに中世の石造文化財が多数散乱している。とくに五輪窟には、『文永』『応仁』『明徳』の年記がみられる五輪塔の水輪・地輪などがある。もともとの山寺はこの地であり、円仁が最初に開いたのはこの『峯の裏』であったともいわれている。」(川崎 2009年)

これらの中世石造物群の評価については、修験道考古学を専門とする時枝務氏が次のように記している。

「13世紀には、立石寺から尾根1つ隔てた峯の裏地区を中心に、納骨をともなう五輪塔などの石塔が造立されるようになるが、この時期の現境内(吉川注:立石寺境内を指す)での宗教活動は不明な点が多い。鎌倉時代に、一時期禅宗寺院になり、再度天台宗寺院に復帰したと伝える寺伝となにがしかの関連があるのであろうか。」(時枝 2011年)

念のため申し添えるが、13世紀より前の考古学的痕跡は見つかっていない。たとえばこの奇景を以て縄文時代の信仰などと直結するような動きは自制すべきだろう。

現状として、垂水岩は山寺の成立と密接に絡む山岳仏教霊場と位置付けるにとどめないとならない。



参考文献

  • テレビ番組「ブラタモリ#243 山形~山形は何度も生まれ変わる?~」(2023年7月22日放送)
  • 岩崎敏夫 編『東北民俗資料集』10,万葉堂出版,1981.10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9570674 (参照 2023-10-30)
  • 原精一 編『山形県地誌略』,佩玉堂,1878. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991433 (参照 2023-10-30)
  • 伊藤友信 著『山寺村風土略記』,伊沢栄治,大正7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/958425 (参照 2023-10-30)
  • 川崎浩良 著『出羽文化史料』,出羽文化同交会,1947. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1043722 (参照 2023-10-30)
  • 川崎利夫「立石寺とその周辺の石造文化財」 日本考古学協会 編『日本考古学協会大会研究発表要旨』2009年度,日本考古学協会,2009. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/11199853 (参照 2023-10-30)
  • 山口博之『山寺立石寺―霊場の歴史と信仰―』吉川弘文館 2021年
  • 時枝務『山岳考古学―山岳遺跡研究の動向と課題―』ニューサイエンス社 2011年


0 件のコメント:

コメントを投稿

記事にコメントができます。または、本サイトのお問い合わせフォームをご利用ください。