2017年9月22日金曜日

石に暮らす~徳井いつこ『ミステリーストーン』を読む その10(終)~

――現在、日本には、鉱物の顔を見て「どこの何である」と正しく答えられる人はほとんどいない。これは鉱物学における分類学、同定学といわれる分野だが、いまや古典のジャンルとなってしまい。「鉱物をやる」といえば物性学や結晶学を意味するようになっているのだ。

岩石全般についても、同じことが言える。

私も学生時代に岩石図鑑を買ったが、それを手に、地表に現われた岩石の姿を見ても、どこの何であると自信を持って言えるようにはならなかった。

その岩石を少しスライスしただけで、まったく違う表情になる。

辞典や図鑑、机上の定義は、私の場合、目の前の岩石の前では、何の役にも立たなかった。

そんな岩石を、我が意を得たりという顔で判別・特定できる人は、まさに尊敬すべき石ぐるいの極致、か、ペテン師だ。

分類学の視点から離れて、歴史学的な視点で考えれば、現代人の分類と江戸時代の分類は異なる。
見えているものが違う。

科学的だから正しいという話とはまた別の話で。

これはどちらの分類が正しいという性質のものではなく、石をどう見るかという多様性の問題だ。

――鉱物のむずかしさは、植物や昆虫のように図鑑を片手に、単純な絵合わせでは判別できないところにある。(略)鉱物のプロたちが鉱物を見なくなり、鉱物を見るアマチュアは知識の煩雑さに阻まれて正しい情報にたどりつけないとなると、結局、ほんとうの意味で鉱物を知っている人はいなくなる。鉱物は、いわば「謎の物体」になりつつあるのだ。

徳井氏の場合は結論部から鉱物に岩石の極致を見出すのに対し、たとえば私はそこから漏れた雑色の岩石に極致を見たい(まだ見えていない)

私自身の感性を問いただしてみれば、岩石の定義を学び、岩石の領域が広がるほど、岩石は自分の心と乖離していく。
私が感じる岩石とは違う存在も岩石なのだ。

ビスケットのなかの絹雲母は、まさにそういうものである。

現代人の間でさえ、岩石の見方は異なるわけで、現代人の一人である私でさえこうなのだから、縄文時代の人の岩石の理解を推し量ることは、恐ろしくてできないはずである。

――石の体験と呼べるものがあるとすれば、現代は、それがもっとも痩せ細っている時代かもしれない。(略)ダイヤモンドの指輪は知っていても、黒いキンバレー岩に宿った朝露のような輝きを見ることができない。こうした石の産状を知っていれば、いにしえの人々が抱いた「石が植物のように生きている」というイメージも、けっして荒唐無稽でないことが理解できるだろう。

岩石が生きている存在として、本当の意味で無理なく認識されていた時代があった。

知識としてそれを理解しても、生理的に受け付けられなければ、他者理解も歴史認識もほど遠い。

歴史を語ることの重みを、岩石から感じさせられる。

本来、石の体験など、現代においてはまちがいなく、しなくても生きていられることの一つである。

岩石の朝夕の変化から、一生の中での変化まで、変化に接しられた人は岩石を生き物と感じるし、接しなかった人は岩石を死んだものと感じる。

太古、サルからヒトへ進化する時代においては、岩石に目を向ける時間が膨大にあった。
もう少し話を広げれば、当時は岩石に限らずあらゆる自然物を、事前知識なしで体感していた時代で、その体感時間は現代とは比較にならないだろう。

尾崎放哉は随筆「石」の中で、「石工の人々にためしに聞いて御覧なさい。必ず異口同音に答へるでせう。石は生きて居ります」と記した。
今思えば、これが、石に接する時間の違いがなせる境地と考えられるのである。職業病は信仰心に通じてくる。

岩石信仰が原始の時代からの遺伝子レベルでの感情であると仮定するなら、ある時期までは人々の大方の共通認識であり、ある時期からは一部の人々の趣味であり、ある時期からは部外者による学問の対象となった。
人類から遺伝子レベルの感情として継承されなくなる(なった)のは、いつからだろうか。

――この本の紙にさえ、滑石が混じっている。紙に重みと滑りをもたらすためだ。(略)どこもかしこも石だらけだ。(略)石は空にも飛んでいる。姿を変えたチタン鉄鉱だ。(略)いったい自分を運んでいるものが何であるのか、一度くらい調べてみてもよいのではないだろうか。

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