2019年1月7日月曜日

磐座(いわくら)の数はいくつあるんですか?

「磐座はいくつありますか?」

この質問を受けたことがあります。
シンプルな質問ですが、奥が深く、答えにくい。

岩石信仰の研究者として、避け続けてきたこの問題へまじめに回答します。

磐座の数に答えを出した人


「全国の磐座の数は四百座を越え、五百座に達するかもしれない」と答えたのは、『磐座紀行』(向陽書房、1982年)著者の藤本浩一氏でした。

事実、『磐座紀行』には「全国磐座一覧表」が掲載され、藤本氏が実際に確認した磐座だけを収録しています。

これがひとつの基準になることは間違いないでしょう。


2017年にはフォトグラファーの須田郡司氏が、朝日放送のTV番組「日本人と石の物語~voice of stone~」の中で同様の質問を受けて、一万以上の数があるかもしれないと思いを語りました。

『磐座紀行』から35年が経過しました。
あれから多くの磐座が情報共有され、把握できる数が増えたということでしょうか。


では、手前味噌ながら、私がまとめた『岩石を信仰していた日本人―石神・磐座・磐境・奇岩・巨石と呼ばれるものの研究―』(遊タイム出版、2011年)では、磐座の数はどうなっているでしょうか?

86ページで明記しましたが、私の答えは「299事例」です。
※2011年当時の把握数なので、今は300を越えています。

あれ?なぜこんなに少なくなるのか??
藤本浩一氏の収録数より少ないではないか、という話ですよね。

定義によるんです。


どんな石が磐座なのか、考えないといけない


本来、どんな石が磐座と呼ばれるべきなのかはすでに先行研究があります。
別記事にしてありますのでお読みいただけると幸いです。

磐座(いわくら)とはどういう意味ですか?


しかし・・・

おそらく磐座の数を質問される方は、聖なる石やまつられている石のことを磐座と総称して使っているんだろうということは、理解しています。

つまり、質問としては
「巨石信仰は何ヶ所ありますか?」
「パワースポットとか、ああいう系の石はいくつありますか?」
と同質のものだと思います。

でも巨石信仰の数も答えにくい。
なぜかというと、どこまでが巨石で、どこからが巨石じゃないかが決めにくいからです。
あの人はこの石を大きいっていうけど、私から見たら小さいなあ。
この場合、どっちでしょうか?

また、観光名勝や天然記念物の巨石も入れていいのか?
そもそも、信仰と信仰でないものの区別ってなんだ?信仰ってなんだ?

――という、深遠な問い(!)を内包する質問なのです。


質問の意図どおり答えるなら


そんな細かいことは考えなくて答えてほしいんだけど・・・と、質問者の多くのツッコミもわかっているつもりです。
研究者としての良心のようなものとして、前置きを書かせてほしかったのです。

それでは、あえて定義をふんわりさせたまま答えます。
質問者の方の意図どおり答えるなら、須田さんの答えに近くなります。

いや、須田さんを越えます。
いわゆる「聖なる石」の数なら、1万どころではない。軽く飛び越えるでしょう。

たぶん、質問の想定として、1万の中には石仏や神碑(庚申さん・山の神など)の類は入れられていないと思います。いわゆる巨石信仰や聖なる石からは、周縁に追いやられた存在になりやすいので。
力石なども、省かれやすい。
また、無数に積み重ねられた神社の奉納石や、個人宅の石など、名もなき記録もなき石がわんさかいます。

なお、1事例とは文字通り1個の石ずつカウントしていくのか、名前が付いている一固まりのグループを1事例にカウントするのかで、数は増減します。
(例)三輪山の磐座を何事例とカウントするか、沖ノ島の磐座を何事例とカウントするかで、研究者の基準が見定められます。

一つの場所で数十の石が別々にまつられていることもあるわけですから、基準しだいでは日本全国で1万では到底抑えられません。


質問者の方の意図をさらに汲み取るなら、そういう議論をカットした上で、自然の石の信仰や巨石文化的なもの(ふんわりとした概念…)がどれだけあるかということが興味の中心でしょう。

でしたら、私の集成した岩石祭祀事例は「1110事例」です(2011年データ)。
このうち、いわゆる上記の石仏・碑などの石造物がある程度含まれているので、約1千例というところにしておきましょうか。

しかし、石好きの私ですら、今でも毎日のように新しい事例に出会います。
そして、あまりにも出会うので、私はもう集計をあきらめているんです。
ということで、実際の数はもっと多いでしょう。
その中で、信仰にかかわる神聖な石だけ抜き取っていくと・・・

以上を考慮すれば、今の時点で私がお答えできるのは1000~2000というところでしょうか。

うーん、定義がふんわりしているから、答えもふんわりしていますね。
だから私の答えはメディア受けしないわけなのですが、やっぱり定義なしの会話は不毛だと思います。


磐座という名前さえついていればOKかどうか


 そもそも磐座は何個あるかと聞かれたら、「磐座」と書かれてある石だけを総当たりしていけば数は出ます。
ちなみに要注意点ですが、研究者が勝手に磐座と名付けたものはカウントしてはいけません。言ったもの勝ちですから、無限に数を水増しできます。

信仰者が「磐座」と名付けた石に限るのが本義です。「石座」「石坐」「岩倉」などの類似表記も含めてもいいでしょう。
これならシンプルです。

しかしそうすると、激減します。
私の集成表だと「磐座」「石座」「石坐」「岩倉」表記で合計71事例です。
しかもこの中に、研究者が便宜上名づけたものが混じっています。

さらに実際のところは、現存せずに記録上だけ登場する例もあると思うので、そういうのもカウントしたら100は越えそうですが、意外と「いわくら」という名前で記録されている石は少ないので、200はキツイかもしれません。

これが求められている答えでしょうか。
これもちょっと違う気がします。

磐座という名前が付いていなくても、磐座の働きをしている石の数を知りたい。
こうではないでしょうか。
つまり、「磐座」的な性格の石はいくつあるかという話に帰結するのだと思います。

では結局、磐座的性格とは何かという定義が必要になります。
だからそこから逃げるのは、文字どおり逃げです。


磐座は他の石とは何が違うのか、それを考えることが重要です


「磐座(いわくら)とはどういう意味ですか?」で触れたように、磐座の定義を極力シンプル、かつ、神仏にこだわらず汎用性のある説明でまとめると、

「信仰対象(神・仏)が宿る施設」

です。宿りかたは問いません。
この定義に沿った時、ハッキリお答えできるのが299事例という具体的な数字です。

これは、石神(いしがみ)や磐境(いわさか)などの同時代用語とは意味が異なることを前提にしています。
これらの用語は、日本最古級の文献(古事記・日本書紀・風土記)に記された古語であり、いずれも石の信仰に関わる言葉とされています。

細かい差を述べると、『古事記』『日本書紀』には「いわくら」「いわさか」は登場しますが「いしがみ」 は登場しません。
一方、『風土記』には「いしがみ」と「いわくら」が併存して登場し、用例は「いしがみ」のほうが多いという傾向があります。

これをどのように理解するか、少しつっこんで書きます。

従来、磐座・磐境・石神の三語はそれぞれ意味が異なる語とされてきました。
しかし、よくよく考えれば、言葉が違う=意味が異なるという証明にはなりません。
一つの事象に対して、異名があるのはよくあることです。

もちろん、同義語であるという証明もできていません。
「クラ」「サカ」「カミ」の音の違いを考慮すれば、座席と境界と神そのものの意味・用法が異なるのは自明のことなので、現状、三語は異なる概念であるという理解が最も適切だということに他なりません。

でも、本来は機能の違いを指し示す三語なので、特定の文献には載っていなかったり、文献によって用例数に差があるというのは、なんらかの有意性を認めるべきでしょう。

これ以上の議論は深入りすると長くなるので、また別の記事で触れることにします。
いずれにしてもこの話を通して伝えたかったことは、一つ一つの言葉や記述を大切に取り扱うことで、ふんわりした信仰の世界というものに「やっと」触れることができるということです。


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