2019年1月20日日曜日

車折神社の祈念神石(京都府京都市)


京都府京都市右京区嵯峨朝日町

1189年に亡くなった学者、清原頼業を祀る神社。

境内に入ると、下の光景が目に止まる。

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大量の小石が、方形区画の中に累々と積み重ねられている。
この石塚は、一体何だろうか。
 
この石は祈念神石といい、元々は神社にある小石を自宅に持ち帰り、参拝者が願いを込めて家で日夜まつりつづける。
そして、願望成就の暁には、別の小石をもう1個拾ってきた上で、この祈念神石と共に神社へ奉還する。奉還された祈念神石の集まりが、この石塚である。

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今は境内から拾うのは禁止。社務所の授与品なので注意。


この石を、その辺においてある自然石と見ることもできる。
しかし、神域にある石というアドバンテージもあるだろう。
そして、参拝者が石を選ぶという選択性と、神前で祈りを込めることで石に神の霊性が分与される。
そのような霊性を帯びた石に対し、神棚において祈りを込め続けるという行為を施すことで祈願成就の霊験が信じられていく。

いくつかの「通過儀礼」を経ることで、石の聖性は自ずから高まるのである。

では、この石は信仰対象そのものだろうか?
そうとは言えない。
祈願が成就したら、この石は石塚に奉還されてその霊的機能を停止するからだ。

この石の最終的な目的は「信仰の対象」としてあるのではなく、あくまでも「祈願をかなえるための祭祀具」にある。
よってこの祈念神石は、信仰対象から恩恵を授かるために、祭祀者と信仰対象を結びつける媒体として用いられる「石製」の「祭祀具」だったと位置付けることができる。


そして、祈念神石の石塚は、祭祀後に使用済となった道具を撤収した場所だから、「祭祀跡」と言える。
「石製」「祭祀具」「祭祀跡」のキーワードは、それぞれ考古学の祭祀遺跡の分析において示唆を与えてくれるはずである。


樹木と岩石


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上の写真は何だろうか。
玉垣と注連縄で囲われた区画の中に、二本の樹が扇形に広がっている。
その根元に、1体の石が据えられており、受け手にインスピレーションを与える象徴的な光景である。


奉納 岩石


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上写真は、日東あられ株式会社が奉納した「岩石」である。
西濃建設は石の提供・運搬者と思われる。

神が喜ぶということを意図して岩石を奉納する心理について深く考え出すと、この祭祀行動の象徴性は高い。


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