2020年4月26日日曜日

鞍馬山の岩石信仰(京都府京都市)


京都府京都市左京区鞍馬本町

翔雲台 ~経塚石材を尊天降臨の聖跡に置く意味~


鞍馬寺は、8世紀末に鑑真の弟子・鑑禎が毘沙門天をまつり、北方守護の霊地として始まったのが元とされる。
その後、寺の主体は天台宗から真言宗派に代わり、またしばらくして天台宗に戻り、戦後になって鞍馬弘教総本山として再出発した。
このような複雑な経緯も重なり、現在、鞍馬寺の本尊は毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊の三尊であり、これらを「尊天」として奉じている。

その鞍馬寺本殿金堂の前に、朱塗りの手すりと注連縄で囲われている空間がある。これを翔雲台と呼ぶ。
都の北方守護のため、本尊が翔雲台に降臨したという。



翔雲台の中心に、1枚の平板状の石が置かれているのが目に留まる。

翔雲台は本尊の降臨した聖域であるということから、その中心にある石はもしかして磐座と早合点してしまうが、さにあらず、付属看板によれば大略「本殿金堂裏から出土した、平安時代の経塚を構成していた蓋石をここに安置したもの」だという。

なぜ、経塚の石材を本尊降臨の聖跡空間の中に置いたのかはわからないが、岩石が置かれることでその空間一帯の視覚的な感覚は明らかに変容する。示唆的な行為と言える。

経塚における蓋石の用途とは「神聖な経文を納め、その空間の中が神聖であることを示すゲートとしての石」であり、また、「神聖な経文を外に出さないように物理的・宗教的に封じる石」だったとも解釈される。
その意味において、この石は翔雲台に置かれる前から「ただならぬ岩石」だったのであり、その歴史性と霊性をもって現在地で単なる石材・史跡以上の意味付けを有しているのではないかと思われるのである。

義経の背比べ石


本殿金堂から奥の院魔王殿に至る山道の途中に、高さ1.0m~1.5m程の「義経の背比べ石」が残る。


由来は、源義経が兄の頼朝に追われ奥州に逃れる時、若き日を過ごした鞍馬に名残を惜しみ、この石と自分の背丈を比べたという。

背比べ石の近くに、義経を護法魔王尊の脇侍「遮那王尊」としてまつる義経堂があることから見れば、少なくとも現在の鞍馬寺は、義経を信仰対象として神聖視している。

その点から、背比べ石は信仰対象たる義経の聖跡としてあるだろうが、一般の入山者がそう見るとは限らない。
私たちは義経を、信仰対象ではなく悲劇的英雄として、神ではなく人間として見てしまうのではないだろうか。義経を信仰していない立場の人からは、歴史上の人物の記念物として位置づけられる側面もあるだろう。

魔王殿の「磐座」について


鞍馬寺の奥の院は魔王殿と呼ばれ、鞍馬寺の祭る尊天の1つ、護法魔王尊をまつる。

鞍馬寺といえば、若き日の義経が天狗に鍛えられたという古刹だが、その一方で「650万年前、金星から人類救済のため魔王尊が降臨して云々」という、通常の寺院には見られない特異な体系を持つ寺として、スピリチュアル系でも注目される聖地が魔王殿だ。

念のため、この伝承は、戦後になって創られた鞍馬弘教の教義として改めて構築されたもの。当時、ニューウェイブの宗教哲理として世界的に大きな影響力を持っていた「神智学」の語る世界観にならって、鞍馬信仰を再構築したものであるといわれている。

冒頭で述べたとおり、鞍馬寺は平安京の北方守護のために千手観世音がまつられたといういわれをもつことから、鞍馬寺の護法魔王尊も、北方守護をする「魔王天王」としてまつられるようになったのが元々の始まりではないかと思われる。

そして、その護法魔王尊が降臨したとされる「磐座」が、魔王殿に広がる岩盤の群れである(どのような記録に「磐座」と明示されているかははっきりしない)。

魔王殿拝殿。この奥に露岩群が広がる。

魔王殿本殿を取り囲む露岩群。岩盤の上に本殿が建つ。

露岩群の様子

魔王殿の拝殿から本殿を望むと、本殿下の地表面に、鞍馬山を構成する石灰岩の露頭が無数に林立しているのが確認できる。この限られた範囲内にだけ岩頭が集在している状況というのも特徴的だ。

現在、本殿と露岩群を取り囲むように玉垣が作られており、直接に立ち入ることはできず、拝殿から拝むかたちとなる。
奥の院という位置付けや、露岩群を含めて結界標示をおこなっている点を考えると、たしかに現状は「磐座」にふさわしい神聖視の扱いだと言える。

しかし、歴史的にどうだったかといわれると不明点が多い。
「650万年前に金星から」や「創造と破壊の神」などは戦後の鞍馬弘教の影響であること疑いないが、魔王尊自体は仏教世界に存在している。
また、翔雲台の例を見れば、平安京守護のために神を降臨させたという伝承は鞍馬に深く根付いていることから、魔王殿の露岩群に鞍馬信仰の初源の可能性を探る必要性はじゅうぶんあるだろう。

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