2021年1月5日火曜日

折口信夫の「漂著石神論計画」を今一度とらえ直し、次の段階へ(5)


石化現象(望夫石・動物石・植物石)


「望夫石の問題」と題された見出しがあるが、折口が何に問題意識を置いて論じようとしたのかはわからない。

前後の見出しの文脈から想像するに、鎮懐石の成女戒と人の石化現象に関連する内容だったのだろうか。

望夫石は、夫の帰りを待つ妻が石化したという伝承をもつ一群である。

望夫石の位置づけと評価については、金京欄氏の博士論文「夫のために石となる女たち―望夫石説話を中心に―」(2005年)に詳しい。


これは人が石化する流れであるが、一方で、石が人になるケースもすでに折口は触れている。
きわめてこの両者が相互にトランスな関係であることを証したいのではないか。


動物が石になる話について、「漂著石神論計画」ではかなり紙幅を割いている。

仏教の影響下において、過去生、未来生の概念を説明する手段として、岩石が動物の石化したものであると説かれること。

とりわけ犬と猪の石化(犬石)について事例紹介が続いた後に、これらが「常世の所属たらしめる為の洗礼には、石の形を経過せしめる」とまとめる。


他界(常世)の軸として、一つは空間軸(海の彼方)で、一つは時間軸(死後)があるということである。

動物が石になる、または石が動物になるという次元の行き来を「洗礼」という、これまでの論を踏まえた通過儀礼としての石の機能に帰結している。

一般に、石化現象は時間軸を超えた不変性で取り上げられるが、折口は石を「変わらない、動かない」という物質的なイメージに固執せず、「石は空間または時間の移動のために必要なもの」と位置付けている。

「漂著石神論計画」は石の研究史上ではすでに古典であるが、古典にしてその後しっかり研究が継承されていないという点において今なお新しい。


その他 補遺


■「岡となる。大丘――石」

類例を以下に列挙する。

神風の 伊勢の海の 大石(おほいし)にや(略)謡の意は、大きなる石を以て其の国見丘に喩ふ。(日本書紀)

舟二百隻を以て、石上山(いそのかみのやま)の石(いし)を積みて、流の順に控引き、宮の東の山に石を累ねて垣とす。時の人の謗りて曰はく、「狂心の渠。(略)石の山丘を作る。作る随に自づからに破れなむ」(日本書紀)

沈石(いかり)落ちし處は、即ち沈石丘と號け(播磨国風土記)

石を以て丘に喩える、石の山丘を作るなど、すでに奈良時代において石の大なるものが丘である心性が描かれている。


■「蚕の化成した、日女道丘」

播磨国風土記における沈石丘と同じ物語で、蚕子が落ちて日女道丘になったとある。

石と山との関係は、前段の「石の山丘」で極めてイコールに近い関係性であることが窺われる。


■「印南郡益気里斗形山あつて、石橋がある」

播磨国風土記の事例より引用。

石を以ちて斗と乎氣とを作れり。故、斗形山といふ。石の橋あり。傳へていへらく、上古の時、此の橋天に至り、八十人衆、上り下り往來ひき。故、八十橋といふ。(播磨国風土記)

上記のとおり、石が天地の懸け橋になっている。架け橋とは、言い換えれば、媒介である。
他界とこの世をつなぐ「石は空間または時間の移動のために必要なもの」の一例であり、折口が「動物以外の第二義式化成」と記すのは、人間、動植物に続いて、命のない無機物(斗・乎氣・橋)を二次的な派生と評価づけたものであろう。


■「よみの国へ行く巌窟」

出雲国風土記に代表される黄泉の穴であろう。

窟の内に穴あり。人、入ることを得ず。深き浅きを知らざるなり。夢に此の礒の窟の邊に至れば必ず死ぬ。故、俗人、古より今に至るまで、黄泉の坂・黄泉の穴と號く。(出雲国風土記)

主役は窟であり穴であるが、これまでの議論を元にすれば、岩石が「石は空間または時間の移動のために必要なもの」であり、時間軸としての死後の世界との越境・移動装置の事例だろう。越境・移動も空間的・時間的に成長することととらえられる。


折口が残した論点まとめ


・なぜ能登国に「像石」神社が固まっているのか

・なぜ越前国に「磐座」神社が固まっているのか

・神像石の立地は、歴史的変遷の違いを反映したものか

・神像石の形状に関する傾向

・よりつく神の本拠地は海か山か、往還か、当初から体系的なものか

・非言語領域である信仰を一言で説明しようとする「まとめ行為」の危険性

・なぜ小さい石への眼差しは継承されにくいのか

・巨石に熱中するという現在の現象の研究

・中近世の宗教喧伝者出現以前の岩石の伝説が、現在残る内容とは異なっていた可能性

・あらゆる用途に汎化できてしまう石をどのように論ずるか

・水と石の関係、海と山をつなぐ川の立地の位置づけ

・可動的な石の処遇。特に、生産地点でもあり使用跡でもある資料について

・「石の保管者」によって、本当に石が育つ場合と育たない場合に分かれるのか

・物質的世界観においても、モノ世界観下においても、なぜ石が選ばれたのかという問題

・玉と石の関係、玉と水の関係

・玉は変化しないものの象徴か、変化する石の心性とは相容れない存在か

・鎮懐石を、鎮魂の信仰だけでなく、成長石や移動する石の視点でとらえなおす是非

・神、または神の入れ物のいずれでもなかった道具や痕跡としての石が、後世に神としてふるまうようになる問題

・人や動植物が石化する流れと、石が人や動植物になる流れの関係

・石の移動性における、時間軸と空間軸の関係


折口が気づかせてくれたこれらのテーマを次の段階へ進めるために、誰の目にも公開された状態での資料の整理が求められるだろう。


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