2023年2月20日月曜日

一番好きな「推し岩」「推し石」は何ですか?


「吉川さんが今まで見てきた岩・石で、一番好きな場所を教えてもらえますか?」

この前、上のご質問をいただいて、ごにょごにょ濁してお返事したのが悔いに残っています。

1位は決められないと思いますけど…と、気遣ってご質問くださったのにもかかわらず。


自分の一番好きな"推し"岩石というものを、建前だけでなく本音でも考えたことがないのです。

まだ自分が行ったことのない場所がたくさんあるから、仮決定もしていない。かっこつけていえば、常に最新が最高かもしれない、という心持ちでしょうか。


そうはいっても、雑談レベルでさえ毎回たいした答えを返せておらず自分で嫌になるので、今後の自分のために、これまで訪れた場所を思い返して頭の中を整頓してみます。

この記事で書いたことすべて主観ということで、ひとつよろしくお願いします。


巨石・巨岩部門

巨石・巨岩って、それだけで周辺の景観、なんなら今までの自分の記憶と比しての「異物感」があると思うんです。それが巨大なものが発する心的要素なのだと今はとらえています。

そういう意味で、歴史的経緯などと関係なく、感覚的に好きな岩石として挙げます。


■ おかめさんのはら(三重県桑名市)


多度山の一峰を瓶尾山と呼び、その尾根を「おかめさんのはら」や「亀の尾」と呼びます。

上写真が代表的ですが、岩石で敷きつめられたかのような尾根なんですね。

単独の巨岩・巨石ではなく、多数の巨岩・巨石が一面に織りなす光景の空間力、視界にあたえる力という意味で強く印象に残る場所でした。

多度大社と多度山の岩石信仰(三重県桑名市)


■ 兵主神社の影向石(兵庫県丹波市)


上は、私のパソコンの壁紙を数年間飾る写真です。その点では、私の無意識ではこの岩石が一番好きなのでしょうか?

地面からこの場所だけムキムキと隆起するさまを感じたというか、地表に顔をのぞかせた岩石の異質感をその場で感じたものです。初見で主観的に惹かれるものがあり、立ち去りがたい記憶があったことを思い出します。

ちょうど、この岩石だけ光が当たり、周囲の社叢の鬱蒼とした景観との差異や、岩盤を取り巻く玉垣の少しくたっとした佇まい、そしてこの聖地を護持してきた神社のもつ視覚的な要素などもその主観と相俟っていることは否定できません。

兵主神社の影向石(兵庫県丹波市)


■ 俱盧尊佛/黒尊佛/鉾島(和歌山県田辺市)


一回でたどりつけず、苦労して訪れた場所という思い出補正もあります。アクセスがどちらかというと秘されることの多かった場所で、隠されると神秘性が増すというような「後天的」な要素も私の主観をかき乱しています。

それでも、上写真で伝わるでしょうか、この岩石の岩肌の多面的なグラデーション。特に、下部の青白く色が変わるところには、異物感といいますかイキモノ感すら言葉として説明できるような迫力が否応なくありました。

もちろん、これをみて単なる岩じゃんという感想があってもいいと思います。むしろ、その受け止め方の違いが出たほうが人間の複雑さの証明となり、なおのこと岩石信仰研究の原動力となります。

津荷谷の俱盧尊佛/黒尊佛/黒尊仏/鉾島(和歌山県田辺市)


小石部門

巨石・巨岩の「魅力」は、理屈だけでなく感情面でも私のなかにある程度は備わっているのだと思います。だから巨石・巨岩部門で3か所を選べました。

その一方、逆向きの興味関心として、私はただでかいというよりは、小石や何の変哲もないといわれそうな自然石に、人々の物語や伝説が付されている現象に強く興味を抱くようです。

自分の感覚とそぐわないからかもしれません。自分の感覚との「異物感」と表現したらいいでしょうか。

異物感は心の不安を増長するので、自分の心の中で理屈をつけて折り合いをつけたいのかもしれません。だからこのような岩石信仰研究をしている節もどうやらあるのですが(自分でも言語化に困る核心的な部分のため、これくらいの表現とさせてください)、このような疑問や不安を解明したいという意味で吸引力をもつ岩石を挙げます。


■ 岩神/おんじく石/温石(福井県大飯郡高浜町)


岩石自体が異形という点で惹きつけるものはありますが、この岩石が「この世をば打ちこわす」と言葉を発する岩神としてまつられ、まつられながら岩石は削り取られ、石のかけらを温めると痛みが取れるという温石の役目も果たしたという多面性。

人と神の関係は一言で言えない複雑なもので、ひとつの岩石がたどった歴史の重さも想像されるという点で、ここに推せます。

岩神/おんじく石/温石(福井県大飯郡高浜町)


■ 調宮神社の列石(滋賀県犬上郡多賀町)

調宮神社といえば、社殿奥の社叢内に屹立する立石の存在が本邦界隈では注目されがちですが、私は奥の立石より、上に掲載した境内入口の列石に惹かれます。

駐車場や外の舗装道と明らかに区画するために並べられた列石なのですが、岩石の大きさは不揃いで、敷きつめられた密度もスカスカ。いつ並べられたかわからないが、結果として現在の景観は苔むして、不整形な自然石だからか却ってなにか言語化しにくい感情を喚起する。

調宮神社に話がおよぶ時は、いつもこの列石のことをやや熱っぽく触れるのですが(調宮神社に話がおよぶことがほとんどないので人生で2回くらいか)、この狭い岩石界隈でもまだ理解が得られたことはありません。

調宮神社(滋賀県犬上郡多賀町)


■ 阿呆賢さん(京都府京都市)


「あほかし」さんです。名前がいいですねえ。

神占石や重軽石の別称もあるとおり占いの道具としての岩石であり、この種の類例には事欠きませんが、さん付けされて人格化したところに独自性があります。

そして、岩石自体の黒光りした、全体として楕円形ではありつつも自然石然とした部分も残す"ランダムさ"もまた、私にとっては疑問や不安の対象となりえます。

今宮神社の岩石祭祀事例(京都府京都市)


人生のマイルストーンとしての岩石

旧ホームページで一度ふりかえったことがあります。確認したら2008年のことで、想像より昔すぎて自分でびっくりしました。

これこそ思い出補正の執着心以外の何物でもありませんが、自分の気持ちに整理をつけるために書いておきます。


■ 山の神遺跡(奈良県)と保久良神社の立岩(兵庫県)

山の神遺跡


保久良神社の立岩

二つ同時で失礼します。私が人生で初めて認識した岩石信仰です。

山の神遺跡は高校日本史の資料集で、保久良神社の立岩は『ムー』での出会いでした。ほぼ同時期で、この二つが重なったから、ああこういう世界があるんだという認識にいたったわけです。つまり、本を通して初めて知ったというマイルストーンです。

両者とも、後年に現地に立った時はえもいわれぬ感情に包まれたことは言うまでもありません。

三輪山の磐座群と周辺の岩石信仰(奈良県桜井市)

保久良神社の列石を巡る磐境説とその批判的検討(兵庫県神戸市)


■ 猪子山(滋賀県東近江市)

猪子山中の「岩船」

大学生になって、初めて自覚的に自分の足で赴き、目におさめた岩石信仰の現場でした。

なぜ猪子山にしたのか、詳しい心の流れは自分自身覚えていませんが、藤本浩一氏の『磐座紀行』に掲載されていて、見たいと思ったのだと思います。

猪子山には山麓から山頂にいたるまで複数の岩石祭祀事例がありますが、麓から登って最初に目にするのは上写真の「岩船」ということで掲載しました。

猪子山の岩石信仰(滋賀県東近江市)


■ 山添村(奈良県山辺郡山添村)

山添村内の「天王の森」

私が岩石祭祀の機能分類を作るきっかけとなった場所です。村内で計82事例の岩石に出会い、どのように理解すればよいか一番ウーンウーン唸って出てきた考えかたでした。研究上の画期としていつまでもありつづけるでしょう。

山添村の岩石信仰(奈良県山辺郡山添村)


■ 与喜山(奈良県桜井市)

『岩石を信仰していた日本人』の表紙写真に採用した与喜山中の「北ののぞき」

約15年、断続しながらも何度も足を運んだ山でした。一つの地にこだわって調べ続ける、フィールドワークの大切さを学ぶことができました。

1か所、どうしても見つけられない場所が山中にあり、そこと出会うために15年を費やしました。しかしその結果蓄積できた学びを小考にまとめることができたのは、いわゆる「研究者として与喜山に呼ばれていた」とまで言える貴重な経験でした。

与喜山の旧跡群まとめ(奈良県桜井市)


■ 真清田弘法(愛知県名古屋市)

森徳一郎『郷土史談(三二) 真清田神宝流出記(5) 十六 龍神石』1935年

一時期、とりつかれたように調べていた存在でした。結局謎がまあまあなレベルで解けていないのですが、今は時間もたち、落ち着いてしまいました。よくないですね。

インターネットの大海でキーパーソンと会えるか委ねていましたが、まだその時期ではないようです…。

真清田神社の神体石と覚王山日泰寺の真清田弘法


■ 夫婦石/妻夫石/妋石(三重県四日市市)


マイルストーンという点では、自宅からもっとも近い岩石信仰の一つでありながら、その存在を認識するのに時間を要した本例を見逃すわけにはいきません。

地元の歴史を掘り下げる機会があり、そうすると知らなかった岩石信仰がたくさん出るわけです。あちこちに足を運び、目移りしようとする自分に「足下を固めろよ」と警鐘を鳴らしてくれる岩石たちです。

東海道の夫婦石/妻夫石/妋石(三重県四日市市)


なお、2023年現在のマイルストーンは愛知県北設楽郡設楽町の岩石群です。

2019年末から関心を抱き、今年には調査を終えて記録にまとめたいと思います。

愛知県設楽町名倉(大名倉・東納庫・西納庫)における岩石信仰の文献調査


まずはここから案内したい入門編

これまで取り上げた場所以外で、特に、比較的行きやすいところを紹介して終わります。

(険しい山登りなどを必要としないという意味で。お住まいによってアクセスのしやすさは異なります)


■ 榛名神社・榛名山(群馬県高崎市)


奇岩怪石の宝庫。一日ゆっくりたっぷりと、岩石信仰を堪能できる場所。関東に住んでいたら、私ならここへ最初に案内するかな。

榛名神社・榛名山の岩石信仰(群馬県高崎市)

■ 太郎坊宮(滋賀県東近江市)


麓に降り立った時から、岩石信仰をわかりやすく期待できる場所。初見からの印象良しとして入門編に最適。
(車で中腹まで行けますし)

太郎坊宮と瓦屋寺とその周辺の岩石信仰(滋賀県東近江市)


■ 元伊勢内宮皇大神社・天岩戸神社(京都府福知山市)

推し神社になるのだと思います。岩石信仰だけでなく、山岳信仰や河川信仰などの自然物信仰が凝縮された場所巡りとしてもお薦めできます。

元伊勢内宮皇大神社・天岩戸神社・日室ヶ嶽の岩石信仰(京都府福知山市)


ほかに天乃石立神社(奈良県奈良市)もわかりやすくて好きですが、一刀石が鬼滅の刃ブームで人口膾炙状態になったので、書き添えるのみにとどめます。


おわりに

たくさん挙げてしまいました。


ボリューム的に、何回かに記事を分割して書けば良かったのですが、衝動的に書きたいのと1ページで全情報が見られるようにしたい、インターネット旧世代としての嬉しみを優先しました。


結局、一番好きな場所はどこですか?と問われたら、瞬時にこれくらいの場所が脳内でオーバーフローして、答えられなくなるのだと思ってくださいませ。

ということで今度から聞かれたら、この記事を見せていきたいと思います。


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