岐阜県中津川市苗木
長さ約6mの自然石の下に形成された隙間を使って仏をまつる窟とした。
側壁は人工的に石積みをして補強されている。
天井石は通称「傘屋根」と呼ばれており、張り出した胴部を巡るように幅・深さ共に十数cmの溝が刻まれている。これは、雨水が岩窟内に入らないための仕掛けと考えられている。
| 周囲には摩崖仏や供養塔も存在。 |
| 傘屋根に刻まれた溝 |
| 堂内側壁 |
創建時期は不詳だが、堂内や境内には宝暦10年(1760年)製作の観音、天和3年(1683年)没の雲林寺五世一桂和尚造立の地蔵尊、元禄年間(1688~1704年)造立の供養塔などが現存することから、おおよその隆盛期を窺うことができる。
また、すぐ近くに龍渓寺という寺院があったという。明治時代初頭の廃仏毀釈の際に廃寺となったが、同寺の仏像や石仏などはこの窟や地中に隠されて難を逃れたという逸話が付帯している。
参考文献
中津川市教育委員会 編『中津川市の文化財』,中津川市教育委員会,1983.2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12707103 (参照 2026-03-01)
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