岐阜県不破郡関ケ原町大字今須
2023年9月18日
徳川家康公天下腰掛石/天下お踏石(岐阜県不破郡関ケ原町)
岐阜県不破郡関ケ原町大字今須
2023年9月10日
大海人皇子の兜掛石・沓脱石(岐阜県不破郡関ケ原町)
2023年9月2日
日本武尊の腰掛岩/腰掛石/腰掛台(岐阜県不破郡関ケ原町)
岐阜県不破郡関ケ原町玉
日本武尊が伊吹山にて毒にかかり、ふもとの冷泉で休息したと『記紀』にある。
その伝説地が関ケ原町の「玉」と呼ばれる地で、そこには旧跡として玉倉部の清水や尊の腰掛台が残る。
「この清水を、『玉倉部の清水』とか、『居醒泉』とよぶようになった。今の関ケ原町玉の鍾乳洞のすぐまえの清水だといわれている。その南の方には、タケルが休んだというまるい腰掛石があり、玉石の地名となった。それが玉という地名のもととも言われる。」(不破郡地名研究会・編 『ふるさとものがたり 不破の地名』 不破郡教育委員会 1988年)
| 道路沿いの標識をお見逃しなく。 |
全国各地の腰掛石の中では巨大なほうである。
岩石の上から足をおろして腰かけたと想定すれば良いが、実際の人間が腰かけるには難儀するだろう。
2023年8月30日
岩崎神社の神座石/御神楽石(岐阜県不破郡垂井町)
岐阜県不破郡垂井町岩手
岩崎神社は10世紀編纂とされる『美濃国神名帳』に記載があり、15世紀にはこの辺りを治めた岩手家の氏神として尊崇されたという。寛正2年(1460年)の棟札が社殿に残る。
本殿の背後、山裾川沿いに「神座石(かぐらいし)」あるいは「御神楽石(おかぐらいし)」と呼ばれる岩石がまつられている。
かつてはこの岩石の前に小祠を置き、石前明神(いわさきみょうじん)と呼んだという。
この祠を岩手家が氏神と位置づけ、現在の形に整備したのが岩崎神社といわれる。
| 神座石/御神楽石 |
| 写真右奥に見えるのが岩崎神社本殿 |
「神座」に重きを置けば磐座としての性格で、「神楽」に重きを置いても、演者が石上で歌舞を献じた神人合一の場と見ることができ、そのような磐座施設が後世に神跡化したものと推測される。
2つの山に挟まれて岩手川が流れており、川がちょうど里に入るところに神座石は位置する。
川の要衝を占め、里と山の境界となる場所に神のまつり場を設けた例としても理解できる。
なお、岩崎神社の北方にそびえる大石山は大岩壁が露出し、麓に築かれた古墳の石室石材なども大石山から切り出されたと考えられている。
古墳時代における生業としての石材利用と、岩石に手を入れずに祭祀の対象とした岩石信仰が両立していたのかが気になる。
参考文献
不破郡地名研究会・編 『ふるさとものがたり 不破の地名』 不破郡教育委員会 1988年
| 岩手川(写真左)と神楽石をまつる玉垣(写真右) |
| 岩崎神社社殿に接して岩壁が露出する。 |
| 岩崎神社境内にも岩石が飾られている。 |
2023年8月20日
日吉山王神社の岩石群(山梨県山梨市)
山梨県山梨市牧丘町室伏
室伏 乙ヶ妻集落の鎮守。
本殿の北東隅に接して、山肌から岩が露出している。
本殿 - 拝殿の主軸と異なる方向であり、この岩が明確にまつられているという証拠は見当たらないが、この岩を始点に山の斜面を登っていくと尾根沿いに岩石群が散在している。
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